誰とも仲良くなれない町―3

 翌朝、ふかふかのベッドの上で、目覚める。

 寝ぼけた頭で昨日のことを振り返る。


 えっと、昨夜はあれからマンティコアの墓を町長たちと一緒に作って、それから町長の屋敷にお邪魔して、お風呂を借りた後、案内されたこの客室ですぐにベッドに倒れ込んで眠ったんだっけ。


 ぐぐっと伸びをする。

 ここ最近、ずっと野宿だったから、久々に気持ちよく寝られたな。

 部屋の端に鎮座しておいたチャーリーの方を見る。


「ぐーすー、ぐがー」


 盛大にあくびをしていた。

 こいつがあくびをしながら寝ているのを見るのは今日が初めてじゃないが、何度見てもシュールな光景だ。

 そのとき、こんこん、とドアがノックされた。


「どうぞ」


 ガチャリ、と扉が開くと、その先から、見目麗しいメイドが出てきた。

 栗色の髪を後ろでまとめている――たしかああいう髪型をシニヨンというんだっけ、それとエメラルドのような色の大きな瞳が特徴的な子だった。


「テル様、おはようございます、朝食の準備ができましたので、そのご報告に来ました、準備ができましたら食堂の方へ来てください」

「ああ、ありがとう、あとちょっとしたら、行くよ」

「かしこまりました」


 とお辞儀をして去っていく。

 僕は服を寝間着から着替え、洗面所で顔を洗ってから、客室を出て、一階の食堂へ向かった。


「おはようございます、テル様」


 僕が食堂へ入った瞬間、待ち構えていたメイドたちが恭しく頭を下げてくる。

 そのメイドたちの奥には、白いテーブルクロスがかかった細長いテーブルがあり、その一番奥の席に、町長がいた。


「こちらの席へどうぞ」


 先程部屋に僕を起こしに来てくれた、エメラルドの瞳のメイドが、僕を町長の向かい側の席まで導いてくれた。

 席に座ると、町長が柔和な顔で挨拶してくる。


「おお、おはよう、よく眠れたかね」

「おはようございます、はい、よく眠れました、とても寝心地の良いベッドだったので」

「それはよかった、街を救った英雄に快適な眠りを提唱できなかったら申し訳ないからな」

「英雄だなんて、そんな」

「謙遜などしなくていい、今日は特別に豪華な朝食を料理人に用意してもらった、遠慮なく食べてくれ」

「ありがとうございます、では、いただきます」


 なんとなく、日本にいた時代の癖で手を合わせてしまう。

 そんな僕を、興味深そうに町長が見ていた。


「変わった所作だね、君が生まれ育ったところでは食事前にそうするのがマナーなのかい?」

「ええ、申し訳ありません、故郷の癖が抜けなくて」

「いや、別に構わないよ、良いことじゃないか、故郷の文化を大切にしていることは。なんていう国に君はいたんだ?」

「日本という国です」

「にほんか……それはどのあたりの国だね?」

「東の方にある国ですね」

「東か、確かに君の髪や瞳の色はこのあたりの人っぽくはないね」


 なんて会話をしながら、僕たちは料理を口に運ぶ。


 テーブルの上には、何かの肉を包んだパイ、野菜がごろごろと入ったスープ、よく焼かれた大きな肉のステーキ、トマトとチーズとレタスのサラダ、飲み物は柑橘類の甘いジュース……などがあって、どれも非常にクオリティが高かった。


 パイはサクサクだし、野菜は新鮮だし、ステーキは噛んだ瞬間、じゅわっと肉汁があふれ出し、口の中で溶けるような柔らかさだった。


「いい食べっぷりだね」

「昨日、たっぷり運動したんで」

「激しい戦いだったという話を、君が戦闘していたところの近くに住んでいた人から聞いてるよ、そうだ、よかったら君がどのようにあの獣と戦ったか、教えてくれないか?」

「いいですよ」


 それから僕は食べながらも、昨日の戦いについて、自分のその時の心理や作戦などを解説しながら話した。


 敵を倒すところまで話し終えたとき、すっかり全ての料理を平らげてしまっていた。

 少し食べ過ぎてしまった、お腹が重い。


「おやおや、ちょっと量が多すぎるかなと思ったが、全部食べ終えるとは」

「全部とてもおいしかったので、ついて食べすぎてしまいました」

「いや、そう言ってもらえるとこちらも嬉しいよ、お昼は何時にしようか」

「満腹なので、少し遅めにお願いします」

「それでは午後の一時にしようか、それまで好きにくつろいでくれ、屋敷の中はどこでも自由に歩き回ってくれていい、あ、そうだ、ここにいるメイドで気に入った子がいたら、部屋につれていっても構わないよ」


 と町長がテーブルから少し離れたところで、待機していたメイドたちを見回す。

 メイドたちが少し顔を赤くしていた。


「いえ、遠慮しておきます」

「そうかい? 気が変わったらいつでも言ってくれ」



 そのあと、僕は宛がわれた客室に戻ったのだが、特にやることなく、ベッドでダラダラしていた。

 読みかけの本を読んだが、すぐに読み終えてしまったので、暇つぶしに客室から出て、屋敷の中を探検することにした。

 その途中、掃除しているメイドたちに出会った。


「今日はあんまり汚れてないわねぇ」

「そうねぇ」


 どのメイドたちもそんなかんじで世間話とかをしながら作業しているのだが、その様子にどこか違和感を僕は覚えた。


 なんだろう、どのメイドたちもなんとなく仲があまりよくなさそうというか、会話があまり弾んでいないというか……。


 違和感を抱きながらも歩き回っていると、今朝、僕の部屋に来た、エメラルドの瞳のメイドが二階の廊下の窓を掃除していた。

 その隣には、50歳くらいはいっていそうな、ベテランの風格が漂っているメイドがいる。


「メイド長、この窓の掃除、終わりました」

「どれどれ、だめね、まだこの端の所が汚れてるじゃない」

「えー細かいですよー」

「こら、クルシェさん、何度言ったらわかるの、ここは悪口が禁止の町なのよ」

「あ、そうでした、ごめんなさい」


 とクルシェという名前らしい――エメラルドの瞳のメイドが、ペコペコと頭を下げている。


「もう、私だから大目に見るけど、他のメイドの所ではボロを出さないでね」

「はい、すみません……」


 としょんぼりとしている。

 あれでだめなのか……、僕もこの町にいる間は気を付けないとな。

 僕がその場を通りがかると、二人は立ち止まり、ぺこりとお辞儀してきた。


「どうも、掃除、大変そうですね」

「はい、あの町長さん、休憩時間もなしにずっと働かせてくるし、人使い荒いので大変です」

「こらー、さっき言ったばかりじゃない」

「あ、あわわわ、ごめんなさいー」


 僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 クルシェさんを見て、違和感の正体が明確になった。

 ここのメイドは、彼女を除いて、全員、当たり障りのないことしか話していないように感じるのだ。

 僕は少し、あのクルシェというメイドに興味が湧いてきていた。


 屋敷の中を全て歩きつくしてしまった後は自室に戻り、昼食の時間までだらだらとしていた。

 一時になると、食堂へ行き、昼食をとった。


 ハムや卵やレタスのサンドイッチ、オニオンスープ、ポテトサラダ、チキンのソテーがテーブルに並んでいる。

 朝、僕が食べ過ぎたのを考慮したのか、量は朝より控えめだった。とはいえ、それでも豪勢な食事だったが。


 町長が今までどんな旅をしてきたか知りたいと言ってきたので、僕はこれまでの体験を少しドラマチックなかんじにして話しながら料理を食べた。

 食べ終えたとき、町長が今朝のようにメイドたちを見回しながら言う。


「どうだね、今朝は断られたが、気が変わったのなら、ここにいるめいどを誰でも好きに部屋に連れて言ってくれていいよ」

「遠慮して……、あ、すみません、やっぱり、一人だけ、いいですか」

「おお、気に入ったメイドがいたのかい、いいぞ、一人だけと言わず何人でも連れて言ってくれても」

「いえ、一人で大丈夫です、あの、クルシェさんという、緑色の綺麗な瞳の彼女を、いいですか?」

「ほえ? 私?」


 間抜けな声を出して、自分で自分を指差したクルシェさん。

 町長やメイドたちがみんな意外そうな目で見ていた。



 その後、クルシェさんを部屋まで連れてきた。

 彼女は緊張した様子でこの部屋に入ると、突然服を脱ごうとしだしたので、慌てて止める。


「ちょちょ、なにしてんの」

「あれ、だって、つまり、そう言う目的で……」

「いやいや、ちがうから」

「え、じゃあ、どうして私を連れてきたんですか?」


 と彼女はくりくりとした目を瞬かせて、小首をかしげる。


「ちょっと君からいろいろこの町について、話を聞こうと思ったんだ」

「私にですか? またなんで……」

「君は、なんだか他の人たちとは違う感じだったから」

「あ、わかりますか?」


 と彼女は苦笑いを浮かべる。

 立ち話も何なので、僕はベッドのそばにあった椅子を彼女の方へ持って行き、そこに座ってもらった。

 僕はベッドの端に腰かける。


「実は私、もともとこの町の住人じゃないんです、ここから西のほうにある、嘘をついてはならない国からきたんです」


 嘘をついてはならない国……そんな国があるんだ、いづれ行ってみたいな。


「もうここに来て一年は立つんですが、私、いまだにこの町に慣れなくて……つい思ったことを口に出してしまうんです、故郷ではなんでも正直に言うのが当たり前で、むしろそれが美徳とされているくらいだったので」

「そっか、そんな国から来たんだったら、それは大変だよね」

「はい……メイド長にも怒られてばっかりで、本当は悪口を言ったのが知られたら、仕事をクビにされてもおかしくないんです、メイド長は大目に見てくれますが、もし町長に知られたら……」


 と彼女は青ざめる。


「なんでこの町はそんなに悪口に厳しいんだろうな?」

「なんでも、この町は昔、誹謗中傷が町のあちこちで飛び交ってて、それが原因で自殺する人もいるくらい、ひどい状況だったらしいんです、

 そこで、当時の町長が、皆に仲良くなってほしいと思って、悪口を少しでも言ってはならないという規則を今から五十年くらい前に作ったらしいんです。最悪、破ったら、金貨一枚の罰金刑になることもあるみたいです。わたし、いつかそうなるんじゃないかと不安で不安で……」

「そうか、それでこんなに厳しく……でもさ、そのせいかわかんないけど、なんかここのメイドたち、どの相手ともあんまり会話が弾んでなさそうだよね、みんな他人の顔色を窺いながら話しているというか、建前ばかり言ってそうというか」

「はい、実際そうだと思います、人間って、誰しもきれいな感情ばっかり持っているわけではないと思うんです、だから悪口が全く言えないとなると、全然、本音で話せなくなってしまうんだと思います」

「そうか、だから、みんな会話していてもあんまり楽しくなさそうな感じだったのか」


 町の人たちは一見気さくだったけど、どこか他人との間に壁がある感じだった。

 そうか、悪口を全く言えないということは、つまりお互い本音で話し合えないということ、だから誰とも深い仲になれない……なるほど、誰とも仲良くなれない町というのはそういうことか。


 しかし、皆に仲良くなってほしいと願ってこの規則を作ったのに、その結果が誰とも仲良くなれない町とは、皮肉な話だ。


「ありがとう、君のおかげでこの町についてよくわかったよ」

「お役に立てたのでしたら、よかったです」

「僕の前では、この町の規律とか気にせず、気兼ねなく本音を話してもらって構わないよ、誰かの悪口を言っても怒ったりしないから」

「ほんとですか、助かります、ずっと息苦しかったんです」


 それから夜まで、彼女とはいろいろなことを話した。


 メイド長が厳しすぎるとか、私よりほかのメイドの方が不真面目なのに私にばかり注意してくるとか、他のメイドが全然真面目に掃除しないとか、旅人に突然、好きなメイドを部屋に連れて行ってもいいとか言い出したあの町長ひどくないですか、とか

そんなような仕事の愚痴を彼女は好き放題言っていた。


 どうやら、鬱憤が相当溜まっていたようだ。

 今朝、僕の部屋に来た時の事務的な態度とは違い、心底楽しそうに彼女は笑っていた。



 そして二日目の朝、


 今日は、クルシェさんではなく、別のメイドが朝、僕び朝食の準備ができたことを教えに来た。

 それから食堂に行くが、なぜかそこにもクルシェさんの姿はなかった。

 あれ、今日は休みの日なのかな?


 今回も、町長の向かい側の席に座る。

 今日の朝食は豆とポテトを煮込んだスープとチーズが中に入ったパン、蒸し鶏のサラダだった。


「朝食を食べて、少ししたら、この町を出ようと思います」


 食事の最中、僕は町長に告げた。

 彼はパンをかじるのを中断して、声を出す。


「え、もっといてくれてもいいのに」

「いえ、ありがたいんですけど、僕は旅人なので」

「そうか、そういうことならしかたないな」


 朝食を食べ終えた後、客室に戻り、荷物をまとめて、チャーリーとともに屋敷を出た。


 町長やメイドたちが見送ってくれたが、そこにクルシェさんの姿はなかった。

 最後に、あいさつしておきたかったんだけどな、まぁいいか。


 町の入り口まで自転車をこいでいく。

 途中、多くの町民に会い、挨拶し合ったり、「今日はいい天気ですね」とかそんなかんじの世間話をしたりするが、みんなどこか僕の顔色を窺いながら恐る恐ると言った感じでしゃべっていた。

 自分は悪口とは思ってなくても相手は悪口と感じることがあるかもしれないので、そういうことを言わないように気を付けているのだろう。


 途中、薬屋を見かけたので、寄っていくことにした。

 自転車を店の前で停めて、店内に入る。


 ポーションが売られている棚の方へ向かう。

 チャーリーが回復魔法を使えるけど、いないときに襲われる可能性があるし、念のため、ポーションもある程度は持っておくようにしている。

 あんまり買うと荷物が重くなるし、三つ分を手に取って店主の元へ向かう。

 銀貨三枚を置いて、会計を済ませると、店主が沈んだ声で「まいどあり……」と言った。


「浮かない顔ですけど、なにかあったんですか?」

「あ、すまねぇな、客の前でこんな顔して、ちょっと生活が苦しくてな」

「売れてないんですか?」

「そういうわけじゃねぇけど、税金が高くてな、今年また増税したんだ」

「文句言えばいいじゃないですか、政治家に」

「悪口になるだろう、それだと」

「まさか、政治家に対しても文句を言ってはダメなんですか」

「そうだよ、だから、批判したくてもがまんするしかねぇんだ、はぁ」

「大変ですね……」

「あ、俺がこういうこと言ってたって、他のやつに言わないでくれよ、やっちまった、よそ者だからって油断してたな……」


 ベツに政治家に直接言ったわけではないというのに、これでもアウトなのか。


「大丈夫ですよ、もうここから去るんで」

「そっか、安心したよ」


 とほっと胸をなでおろす店主。

 たぶん、口には出さないだけで、本当はみんな、いろいろ溜まってる不満を吐き出したいんだろうな、とこの町の人たちを見て、思った。

 店を出て、自転車に乗り、再び移動を始めると、チャーリーがため息を一つ吐いた後、しゃべり出した。


「どこか息苦しい街ね」

「悪口を言ってはならない、それは素晴らしいことだけど、ちょっと厳しすぎるよね、みんな辛そう」

「人間なんて醜い奴ばっかりじゃない、悪口を少しも言ってはダメなんて、そりゃあ生きづらいに決まっているわ」


 とチャーリーがあきれまじりに言う。

 彼は一体いままでどんな人と出会い、どんな体験をしてきたのだろう。

 そう言えば、チャーリーのことについて、僕はよく知らないな。

 今度訊いてみようかな。

 いや、彼の方から、打ち明けてくれるのを待ったほうがいいか。先ほどの口ぶりからすると、あまりいい過去じゃなさそうな気がするし。


 それから自転車をこぐこと数十分、出入り口に着いたのだが、そこに見知った顔があった。


「あれ、クルシェさん?」


 門から少し離れたところにあるベンチに座って、ぽけーとした顔で空を見上げている。

 自転車を降りて、彼女に近づくと、向こうもこちらに気づいた。


「あ、旅人さん……」

「どうしたんだい、こんなところで」


 まるで、首を宣告されたサラリーマンが公園のベンチで途方に暮れているような姿だったが……。


「実は私、今朝、仕事をクビになってしまったんです」


 実際に職を失ってしまっていたようだ。


「え、どうしてそんな急に」

「それがですね、昨夜、旅人さんが寝泊まりしている客室を出た後、出くわした同僚のメイドと少し仕事の話をしていたんです、

そこでわたし、旅人さんとさっきまで本音を気兼ねなく話していたんで、それを引きずって、つい、同僚に、町長の愚痴を言ってしまったんです」

「なんて言ったの?」

「私たちの意見は無視して、好きなメイドを部屋に連れて行つていいとか旅人さんに言うなんてひどくないって」

「ああ……」

「その発言をどうやら、その同僚が町長に告げ口してたみたいで、朝、私が寝泊まりしている部屋に町長が来て、突然クビを宣告されてしまいました」


 そうか、だとしたら、僕の責任もあるな、それは。


「わたし、これから、どうしましょう……」

「よかったらさ、僕と旅をしないか?」

「え、あなたと?」

「嫌だったらいいんだけど」

「いえ、旅、してみたいです、でも、あなたの方こそいいんですか、わたし、嘘を吐くのが苦手なので、傷つけるようなこと、あなたにたくさん言っちゃうかもしれませんよ?」

「いいよ、べつに。僕の故郷は嘘だらけの国だったんだ。だから君みたいな正直な子といるのは悪い気分じゃない」

「そう言っていただけた人、故郷を出てから初めてです……そういうことでしたら、お願いします」


 と眩しい笑顔になって、彼女はお辞儀をしてきた。


「ということで、チャーリー、彼女を乗せてもいいかい?」

「そうね……」


 チャーリーは少しの間黙る。どうやら彼女を品定めしているようだ。


「うん、いいわよ」


 どうやら面食いのチャーリーのお眼鏡にかなったらしい。


「あれ、今、乗り物がしゃべりました?」

「面白いだろう、この乗り物は特別なんだ、一般的には自転車っていうんだけど、僕はチャーリーと呼んでいるんだ」

「ママと呼びなさいって言ってるでしょう、そこのメイドの子、あなたはあたしをママと呼んでね」

「わかりました、ママ」

「あら、いい子ね、テルとは大違い」


 チャーリーが僕の方を向いて、ため息を吐くが、無視をした。

 クルシェはかごに手荷物を置いて、自転車の荷台に乗る。


「揺れるからしっかりつかまっててよ」

「はい」


 と言って彼女は僕の腰に手を回した瞬間、むにゅっと柔らかいものが背中に押し付けられた。


「うおっ」

「どうかしましたか?」


 とクルシェさんが心配そうに訊いてくる。


「いや、なんでもない、なんでも」

「……いやらしい」


 ぼそっとチャーリーがつぶやく。


「うるさい」

「あ、ごめんなさい、わたし、うるさかったですか?」

「いや、今のは、クルシェさんじゃなく、チャーリーに言ったんだ、気にしなくて大丈夫、さぁ行こうか」


 自転車をこいで、町を出る。

 背中に押し付けられた柔らかい感触のせいで、なんだか落ち着かない。

 慣れるのに時間がかかりそうだ……。



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