誰とも仲良くなれない町―2
その日の夜、僕は自転車に乗った状態で、町の大広場の中心辺りにいた。
人通りはない。
街灯がいくつか立っているだけなので、光は少ない。遠くの家々も明かりを消しているようで窓の向こうが真っ暗だった。
この状況でここにいたら、モンスターはこちらに来るはず……
なのだが、
「なかなか来ないわねー」
ふわぁ、とあくびをするチャーリー。
こいつは不思議なことに、人間と同じように、夜になったら眠くなり、睡眠をとる、人間とちがっつて、そんなに睡眠をとらなくても大丈夫らしいが。
「油断大敵だ。そういうときに敵は来るもんだ」
と言っているとき、何か物音がした。
上空の方だ。
「ほら、言ってる傍から来たじゃないか」
マンティコアと思われるモンスターが空を飛んでこちらに向かってくる。
たぶん、空に飛んで、上からどこに人がいるか、見ていたのだろう。地上で人を探すより効率がいいだろうしな。
やがて、僕から十メートルほど離れたところに降り立った。
「やあ、マンティコア」
僕がそう言うと、魔物の目が見開かれた。
とりあえず、相手を動揺させようとしてみたが、その試みは成功したようだ。
「貴様、なぜ俺の名を知っている……」
やはり、言葉を話せるようだ。
割と知能がありそうだし、頭を使った戦い方をされたら厄介そうだな。
「なんでだと思う?」
「さあな……まぁいい、お前が俺を知っていようが知っていなかろうが、些末なことだ、どうせ今から殺す相手なのだしな」
「その前に一つ聞かせてくれないか、お前はなぜこの町の人間を襲う?」
「単純な理由さ、憎いからだよ、人間が」
「なぜ?」
「お前らは魔王様を殺した、魔王軍を壊滅させ、俺の居場所を奪った……一日に一人は最低でも殺さないと、気が済まない」
魔王軍は一年前に勇者が壊滅させている。
こいつはその残党ということか。
「お前が恨むべきなのは勇者たちであって、この町の住民は関係ないと思うのだが……」
「黙れ、俺は人間自体が憎いんだ」
話し合いは無理だな、これは。
「つまらん話は終わりだ、お前はこれから死ぬ、こんな夜中にのこのこと一人で出歩いてしまった自分の愚かさを憎むんだな」
ひとりじゃないけどな、とチャーリーの方を見る。
僕が視線を少し逸らした瞬間、マンティコアが猛スピードでこちらに向かってきた。
俺も自転車をこいで、敵の方へ一直線に進んでいく。
「血迷ったか」
嘲笑う獣。
そのまま僕と奴の距離は近づいていき、衝突する――
「なに!?」
直後、マンティコアの目が見開かれる、
吹っ飛んだのは奴の方で、僕と自転車はその場でぴんぴんとしていた。
多少、機体に傷が入ったが、すぐに自動修復の効果で元通りの状態になる。
「何だその乗り物は、脆そうな見た目なのに、なぜそんなに耐久力がある!?」
ふっ飛ばされた後、体勢を立て直したマンティコアは、バックステップでさらに僕から距離をとった。
「脆そうですって、失礼しちゃうわね」
「ん? なんだ、しゃべることもできるのか、その乗り物?」
「ああ、これちょっと特別なやつなんでな」
「そうか……どうやら少しお前たちを舐めすぎてたみたいだ……だが、物理でダメなら、こいつはどうだ?」
マンティコアがいる地面に魔法陣が描かれる。
「イグニス!」
がぱっと開いた獣の口から火の玉が吐き出され、こちらに向かってくる。
自転車の前輪に当たるが、ほぼ無傷、少しタイヤの表面が焦げるが、すぐに自動修復される。
「あいつ、魔法も使えたのか」
「初級魔法だけど相当な威力よ、魔王軍の元幹部といったところじゃないかしら」
「たぶんそうだろうな」
僕とチャーリーがそのような会話をしている間、マンティコアは唖然とした表情になっていた
「効いてないだと、そんなはずは……!」
マンティコアは唇を震わせながらそう言った後、攻撃の効果を確かめるように、何度も火の玉を放ってきた。
僕は自転車をこいで、マンティコアを中心にして円を描くように移動しながら、その攻撃をかわしていく。
時折、自転車に当たるが、ほぼノーダメージ。
自分に当たりそうなものだけ、体を左右に傾けて回避していく。
「何度攻撃しても無駄だ、僕たちには効かない!」
「そうか? ならなぜおまえは火の玉をさっきからよけている?頑丈なのはその変な乗り物だけで、お前は当たったらまずいんだろう?」
としたり顔のマンティコア。
はったりをかましてみたけど、さすがにバレたか。
「変な乗り物ですって、失礼な!
ぷんすかと怒るチャーリー。
「決めたわ、、もう容赦しない、あいつは上級魔法で屠る。テル、詠唱と魔術式の計算に集中したいから、時間を作って」
「まじか……そんなに持たないぞ」
まぁ、このままじゃ決め手に欠けるとは思っていたけどさ。
うーん、多少時間を稼ぐくらいなら何とかなるか?
「大丈夫よ、大けがしても、回復魔法をかけてあげるから」
「わかった、頑張ってみるよ」
僕は自転車を降りて、単身でマンティコアへ向かっていく。
「なんだ、死に急いだか?」
とせせら笑いながら、火の玉を放ってくる。
僕はそれをサイドステップで避けながら、敵へ近づいていく。
獣の目前まで来ると、腰に下げていた鞘から短剣を抜き、マンティコアの頭部めがけて斬撃を与えようとする――
――が、前足の爪でガ―ドされる。
「雷の精霊よ、天上より現れたまえ、我に力を、罪深きものに聖なる裁きを――」
後ろでチャーリーが上級魔法の詠唱を開始した。
それを見たマンティコアの表情が焦燥感に満ちたものになる。
「なっ、あの乗り物、魔法も使えるのか!?」
意識をチャーリーにそいでいるマンティコアに追撃の一撃を与えようとするが、すんでのところで、牙でガードされる。
「どけ、俺はあの乗り物を先に攻撃したいんだ!」
「させねぇよ!」
僕が攻撃し、相手が防御する、
最初はそうだったが、だんだん形勢が逆転して、マンティコアの攻撃を僕が何とか防ぐ、という形になっていく。
「ハハハ、あの乗り物は強いが、お前はたいしたことないじゃないか!」
「ぐっ」
頼む、チャーリー、早くしてくれ。
もう持たないぞ。
後ろでチャーリーが詠唱する声に耳を傾けながら、なんとか踏ん張っていたその時――
「――轟け、雷鳴! 夜闇を切り裂く、一筋の閃光を放て!」
よし、詠唱が終わった。
ぼくは相手の攻撃を剣で防ぐが、わざと衝撃を殺さず、後ろに吹っ飛んで、魔法の効果範囲から離れる。
「食らいなさい、トニトルス!」
その刹那、上空の暗闇から大きな光の柱が地へと降り注いだ。
ドゴォォォォンッッと凄まじい音を立てて、マンティコアの体が電気に覆われる。
「ウグォオオオオオオ!?」
体に大きな火傷を負ったマンティコアが地面に倒れ伏せる。
慎重に近づき、生死を確認する。
息をしていない。
ホッと一息つく。
「お疲れ」
とチャーリーがこちらの方に来た。
「そっちもお疲れ」
「けがはない?」
「大きなのはないな、ところどころ擦りむいたくらい」
「一応回復魔法をかけておくわ」
「ありがとう」
チャーリーが僕に回復魔法を唱えている最中、窓から様子を見ていたらしい町の人々が、広場に集まってきた。
「すごい、本当に倒したんですね」
「あなたはこの町の英雄だ」
とかなんとか、賞賛の声が降りそそぐ。
マンティコアの盗伐はほとんどチャーリーの功績なので、なんだか気後れする。
やがて、町長が人ごみをかき分けて、僕の前まで来た。
「この度はありがとうございます。なにかお礼をさせてください」
「お礼だなんてそんな……」
「そうだ、今晩、泊まるところはもう決めていますか? もし決めていないようでしたら、私の屋敷に泊まりませんか? 歓待しますよ、もちろん宿泊費はタダです」
タダか。僕はその言葉に弱い。
「ほんとですか、それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
「それでは、我が屋敷まであんないさせていただきます、あ、と、その前に、この魔物の死体はどうしましょうか」
「そこらへんに埋めとけばいいんじゃないか」
という声が十員たちの中から聞こえてくる。
しかし、僕はそれを否定する。
「いえ、墓を作ってあげてください」
この獣は確かに人類の敵だったが、だからといってその亡骸をぞんざいに扱っていいことにはならないだろう。
「あなたがそう言うのでしたら」
と町長が少しめんどくさそうにしながらも首肯した。
そうして、マンティコアの墓は、町はずれの小さな丘に作ることになった。
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