拝み屋2

@camposanto

第1話

 鬱蒼と茂る草木をかきわけ、昏い森から妖術師があらわれた。重く裾を引きずり、フードから覗く瞳は怪しく輝いている。片手には鳥かごを持っていた。鳥かごは鳴動し、周りの空気を不安げに震わせている。妖術師は怪しく輝く瞳で丘上の家を見据えると酷薄そうな唇に笑みを浮かべ、その酷薄そうな唇は呪いの言葉を吐き出した。そして妖術師は鳥かごを開けた。

 鳥かごから108の魂が飛び出した。妖術師が10年かけて集めた魂だった。

 尊い身分のものや、スポーツマンのもの、軍人や格闘家や小説家のもの、どれも妖術師が苦労して集めた魂だった。なかには悪魔を騙して横取りした魂もあった。飛び出した魂の群れは丘上の家をめがけてわれさきにと向かった。

 もっとたくさん集めるべきだったのかもしれん。妖術師はその光景を眺めながら思った。だが占いによると今日しか機会がなかった。丘上の家にいる女の腹の中に宿った赤ん坊にはまだ魂は入っていない。今夜が還魂した魂が赤子に宿る夜だったのだが、女の三尸を妖術師が術をかけて眠らせてあった。あとは108の魂で一番最初に赤ん坊にたどり着いたものがその体に宿れるのだ。

 これぞ競魂奪体の法である。競い合う魂の競争力を贄に、赤ん坊は長じて強い力を獲得し同時に妖術師の奴隷となる。

 妖術師はやはり体を得るのは異国で本塁打をうち記録を残した野球人の魂だろうかと考えた。きっとこれ以上ない強い奴隷になるだろう。

 テールランプの残光めいた魂の群れは坂を登りきりいよいよ丘上の家に迫ろうかというとき、突如見えない網に捕らえられてしまった。まるで罠にかかった魚のようだった。そして最後の魂が入った瞬間、網の口はとじられた。

 「別紗霊の術だ」

 突如背後から声がして妖術師はぎくりと振り向いた。

 「誰だ」

 拝み屋だった。黒い顔に黒い外套に黒いブーツ、背には黒い剣を背負い、おまけに黒いサングラスをかけていた。

 妖術師と拝み屋は睨み合った。妖術師の怪しく輝く瞳にはいまや激しい憤怒が浮かび上がっていた。かたや拝み屋からは表情からなんの感情も読み取れなかった。

 妖術師はすばやく懐から抜魂筒を取り出すと拝み屋めがけ投げつけた。これこそ108人から魂を抜き取った秘具だった。この筒を相手の胸に突き刺し、対になっている吸魂笛を鳴らすと魂が抜けてしまうのだ。

 注射針の先めいた鋭利な筒先は拝み屋の胸に突き刺さった。拝み屋は微動だにしなかった。

 妖術師はにやりと笑い笛を吹き始めた。

 悲しい笛の音が夜空に溶けていった。虫や鳥もその音色に聞き入っていた。やがて旋律が一周し、二楽章に入ろうかというころ妖術師の顔には焦りが浮かんでいた。

 (おかしい……)

 本来ならとっくに魂が抜き出ているはずである。抜き出た魂をとらえる壺がむなしく妖術師の腰にぶら下がっていた。

 拝み屋は小首を傾げると筒を一瞥しゆっくりと妖術師を見つめた。そして人差し指を立てると三回振った。

 妖術師は突如恐怖にとらわれ、増えを投げ捨てて逃げ出した。拝み屋は胸から筒を抜くとそのまま投げた。筒はまっすぐ妖術師の背に突き刺さり、どうと倒れ込んだ。

 拝み屋が指を弾くと乾いた音が響いた。すると網の口が開き、魂の群れが流れ出した。そしてそのまま妖術師のほうをめがけ一斉に筒に入り込んだ。最後の魂が入った頃には妖術師の体はパンパンの風船のようになっていた。

 拝み屋は手裏剣を取り出すと妖術師めがけ投擲した。風船人形はは大きな音を上げて破裂した。

 今日も仕事は終わった。拝み屋は懐からタバコを取り出し唇にはさんで火をつけた。穴の空いたコートの下には歯車めいた機械心臓が除いていた。

 

 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝み屋2 @camposanto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る