第19話

 一服終えた九朗は綾の隣の席に着いた。

 パイモンとの通話を切り、スマートフォンを勢いよく投げる。


「痛っ!」


 狙い通りすぐそこで横たわる叶の頭に直撃するスマートフォン。


「いつまで狸寝入りしてるつもりだ、大根役者」

「なんですかその言い方は! ついさっきまで本当に気を失ってたんですよ!」

「馬鹿のフリはもうよせ。パイモンの監視はもう無いんだろう?」


 叶は一瞬黙り、少し目を細めて口を開く。


「ああ、バラム様との接続も既に切れているよ」


 先ほどまでとは打って変わって冷静な口調の叶。その様子の変わりっぷりに芽衣子はゴクリと息を飲む。

 まさか自分が投げ飛ばしてしまったせいで様子がおかしくなってしまったのではないかと、不安そうな目で綾の方を見る。


「大丈夫ですよ五十鈴。叶さんはたぶん、元がああなんです」

「要は今までバレバレの演技を続けていた、という訳だ。お前と一緒だな」


 遠回しにあざ笑われる芽衣子。しかし当の本人は意に介さないどころか理解もしていない。九朗が芽衣子と初めて会った時――綾の住む屋敷での一件から、彼女の異様な非力さは大きな謎の一つであった。


 しかし蓋を開いてみれば人外がごとき怪力無双。嫌味の一つも言いたくなるのは仕方のないこと。

 そしてそれは叶に対しても同じである。


 芽衣子との衝突に始まり、綾の推理に必要な情報を点々と落としていった叶。

 その行動がすべて偶然ではないとすれば、彼女の立ち回りには多くの疑問が生じる。


「それで豊田女史……いや、この呼び方も元来的には正しくないか」

「構わないさ。ボクは元より無名の存在。意思疎通を図るうえで名前が無いのは不便だろうから、好きに呼んでくれ」

「話が早くて助かる。して、君がパイモンを欺くのは主の意向として、なぜその主がパイモンに隠れて何かしらの計画を企てているのかが私としては疑問でね」


 バラムはパイモンと同じく悪魔。それも行動を共にするほどの間柄。

 それがなぜパイモンに隠れて策を講じているのか。疑問を抱くのは当然のこと。


「聞かれたところで正直に答える訳がないだろう?」


 叶の返答もまた当然。自分の主が何を計画しているかなど、普通に言う訳がない。

 が、叶はこうも続ける。


「しかしまぁ、君たちとは利害関係が一致している。悪いようにはしない、とだけは言っておくよ」


 随分と匂わせぶりな発言に、九朗は軽く首を傾げる。

 

「それは額面通りに捉えて良い言葉なのか?」

「推理好きのそちらの子に聞いてみればいいじゃないかな」


 叶の視線がチラと九朗の隣に向く。二人のやり取りを聞いていた綾はただ無言で笑みを浮かべている。その反応が全てを物語っていた。

 全幅の信頼はしない。が、ここまでの行動を鑑みれば信用には値する。


「バラムさんが私と結ぼうとした契約……あれって猪碌館の先を見据えてのことですよね?」


 バラムが言った「豊田叶を死なせないこと」という文言には期限がない。一見すると叶を守ることを目的とした契約。

 しかしそこには更に二つの目的がある。


「本物の叶さんが死ねば契約は反故になる。そして恐らくその身柄を抑えているのはバラムさん。つまりは私を生かすも殺すも彼の手の中、ということになりますね」


 契約を巧みに使った束縛。

 実に悪魔らしい手法に九朗は「なるほど」と相槌を打つ。


「ですがこと猪碌館においては、この契約ってリスクの割にリターンが少ないんですよ。それは何故か。パイモンさんが自前で参加者を用意しなかった理由と同じです」

「パイモンは自身の魔術で人を思い通りに操ることができる。が、それは奴から指示を出す必要がある……つまり猪碌館ではそれができない、ということ」

「はい、恐らく。なので遠隔でも中の様子を確認できるバラムさんの眷属に白羽の矢を立てた、のですがここで問題になってくるのが私に直接指示を出せないということ」


 バラムと意思を疎通させられるのはあくまで叶のみ。彼女を通達役として利用すれば二人の繋がりは周囲に気付かれてしまう。

 情報戦において大きなアドバンテージを一つ失うことになる。


 そこまでして得られるのが車椅子に乗った少女の行動に対する制限。

 九朗や芽衣子ならまだしも綾では行動の制限が大きいため、駒としての強さはそれほどでもない。


「これはあくまで推測なのですが、バラムさんが求めていたのは長期的な協力関係なのではないでしょうか?」


 確信を突く一言に叶はピクリと眉を動かし、静かに目を閉じた。


「たいした名探偵だ。それが答えだよ、古谷氏」


 ゆっくりと立ち上がり、食堂の外へと向かう叶。


「それではまた後日、猪碌館で」


 エレベーターのベルが鳴り、ややしばらくの沈黙が訪れる。

 そして間が悪く鳴る腹の音。

 あまりに自由奔放な綾を見て、九朗は大きなため息をついた。


―――――――――――――――――――――


 読んでいただきありがとうございます。

 二章終了です。我ながら情報量多いなこれ……

 ☆評価や感想をいただけると執筆の励みになります。


 次回から三章入りますが、休養と微修正のため一週間ほど連載をお休みします。

 基本的なストーリーラインは変わりませんが、お時間ありましたらもう一度読んでみていただけると幸いです。


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