第17話

 偶然ではない。ここにいるのは皆、パイモンの息のかかった者たち。否、厳密には彼に操られた人々。

 今、この場にいる綾たち以外の人間は皆パイモンの支配下にある。


 パイモンの魔術『絶対支配』は、対象を意のままに操るもの。

 数に制限はなく、距離や時間も関係ない。一度掛かれば解かれない限り永遠にパイモンの人形と化す、文字通りな絶対の支配。


 食堂にいるのは老若男女合わせて50人ほど。

 逃げ場もなく、袋叩きにされれば一巻の終わり。

 であるにも関わらず、綾は一直線に叶の瞳を見つめている。


「今度は戦争ごっこの時間ですか?」

「悪いね綾チャン。吾輩、用意周到だから知恵比べで負けることも想定済みなんだ。ま、その知恵比べもホントは古谷クンとするつもりだったんだけどねー」

「そうでしたか、それは残念でしたね」


 にこやかな表情で上品に笑う綾。電話口のパイモンも釣られたようにケラケラと声をあげて笑う。

 一通り笑った後で訪れる沈黙。鉛のような空気の中、口火を切ったのは綾だった。


「さて、これだけ駒を持て余しても未だに攻めあぐねているのは何故でしょうか?」

「本当に嫌な性格してるねぇキミ。わざわざ言わせないと気が済まないのかい?」

「私にできるのはあくまで探偵ごっこなので」


 嫌味たっぷりな返答に、パイモンはこめかみに青筋を立てた。が、あくまで理知的な口調で望まれた通りに答える。


「ああ、ここでキミたちを殺してしまっては、せっかくの数的有利が水の泡だ」

「猪碌館への招待状は全部で8通。そして叶さんが魔術を使えるのは一度きり。最低でも自力であと二人分の駒を揃えないと、参加者の半数は囲えない」

「ご名答だよ、探偵さん」


 どのようなゲームが行われるのか分からない現状、唯一判明しているのは参加者の数だけ。であればより多くの参加者を手中に収めることができた者が有利になるのは言うまでもない。


 ましてやそれが全体の半数ともなればルールに関係なく勝ちを確信できる。

 だからパイモンは欲張った。綾はそれを見逃さなかった。的確に急所を突き、相手の選択肢を削ぐ。


 しかしパイモンもただ指をくわえて見ていた訳ではない。理由もなく大勢の観客を立たせているのではなく、これも次の一手に対する布石。

 悪魔として出せるもう一つの切り札――綾の前に音もなく現れる小さな魔法陣。


「これは?」

「まあ、吾輩としてはこの船を止めてキミたちの参加権を紙クズにしてしまっても構わないのだが、綾チャンが吾輩の配下になってくれるなら予定通りに船を目的地まで運んであげるよってハナシ」

「触るな来栖嬢、悪魔との契約は決して破ることのできない呪いのようなものだ」


 割って入る九朗の言葉に、綾は口に手を当てクスリと笑う。


「でも契約を結ばなければ、私たちは目的地に行くことすらできませんよ?」

「それはそうだが……」


 九朗は眉をひそめる。他に解決策はない。しかしパイモンの配下になるリスクを綾に背負わせることもできない。にも関わらず当の綾はパイモンからの提案に乗り気といった始末。


 どうにか止めようと思案する九朗。この状況で使えるのは、と隣に立つ芽衣子の方をちらと見る。

 はたしてこのポンコツが役に立つのか。九朗の脳内は不安で満たされていく。


 対して芽衣子はというと、こちらも周囲の人々と同じように立ち尽くしたままピクリとも動かない。が、それは単に話に付いていけず、頭が処理落ち寸前になってしまっているだけのこと。


 やはり頼りにはならない。芽衣子に見限りを付けた九朗が次に目を向けるのは叶。

 彼女の持つ招待状を奪うことができれば、まだパイモンとの交渉は可能だ。が、敵に囲まれている中で叶に触ろうとしようものなら、途端に取り押さえられるのが関の山。


 捕まる前に手早く叶のボディーチェックを済ませる。

 成功する確率は限りなく低い。しかし何もやらなければ最悪の事態に陥る。

 一か八か。九朗はテーブルを乗り越えて叶に飛び掛かった。


「ひゃあっ!?」


 不意を突かれた叶は悲鳴をあげる。手首を掴み、捕まえることには成功した。

 だが上手くいったのはそこまで。パイモンが指を鳴らすと共に九朗の周囲を大人達が囲む。


「皆の衆、古谷クンを捕まえたまえー」


 上機嫌に指示を出すパイモン。

 人の波がひしめき合い、九朗を飲み込む。

 必死にもがいても物量には逆らえず、次第に隙間から覗いていた顔も見えなくなっていく。


「クソ……おい、ポンコツ給仕! 少しは主人のために動いたらどうだ!?」

「いえ、ですが……」


 その様子を見てもなお煮え切らない芽衣子。綾はそんな彼女の袖を引き、耳打ちをする。


「……お嬢様、本当によろしいんですか?」

「ええ、非常事態なので。頼みましたよ、五十鈴」


 綾からの指示を受けてなお「ですが」と不安そうな声を漏らす芽衣子。

 しかしその目は口調と違い爛々と輝いていた。

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