第16話

「それなら、私とも協力しませんか?」


 そう言うと綾は招待状を取り出した。叶の目がそれを捉えるなり、少年は鼻を鳴らす。彼からすればこれは予期せぬ事態ではない。猪碌館へ向かう九朗がこれだけ頭の回る者を連れているのに、何も理由がないはずがない。


 しかし招待状を見て少年の警戒心は一気に高まった。

 故はある。が、それを表に出してしまえば新たな考察の種になるだろう。

 綾がどこまで知っていてどこまで知らないのかを考えると迂闊な質問はできない。


 であればこそ、取るべき選択は一つ。


「その回答はキミが誰の眷属かによるかな」

「と、言いますと?」


 わざとらしく白を切る綾に、少年は大きなため息を漏らす。

 

「吾輩が組みたくないのはアスモデウスとベリアル。それ以外の従者ならまあ、良しとするよ」

「……そうですか。では、よろしくお願いしますね、パイモンさん」

「ん?」


 少年は訝しむ他なかった。なぜ綾が自分の正体を知っているのか。

 パイモンという名は自身も叶も、一言も口にしていない。

 となれば元より知っていたのか。そうであろう。


 猪碌館への招待状を受け取ったのは8柱の大悪魔。各々が各々を知る関係。

 従者に敵の情報を与えない訳がない。が、だからと言ってそれがピンポイントに特定できた理由にはならない。


「どうして吾輩の正体を?」


 至極当然な問いかけに対して、綾もまた至極当然と言った様子で口を開く。


「あなたの行動を考えればこそ、ですよ」


 そう言われてもやはりパイモンには思い当たる節が無い。ゆえに閉口。


「まず電話を掛けてきたタイミング。あれは恐らく叶さんが何か・・をしようと動きだしたのを止める意図があったのではないでしょうか」


 綾の推察に対するパイモンからの返答はない。

 事実、叶は奥の手を切ろうとしていた。それを止めたことをパイモンは失敗だとは考えていない。


 仮に綾がパイモンの立場であったとしても、同じ行動を取ったであろう。

 と、考えられるのは綾も同じような物を持っているからである。

 ワンピースの襟元から取り出される青い宝石の付いたネックレス。


「それはとっておきの奥の手……ですが使い切りのもの。だからこの場で切らせる訳にはいかなかった」


 綾が手に持つそれは悪魔の魔術を封じ込めたもの。パイモンが叶に渡したものとそう見た目は変わらない。

 予想外ではあったものの、警戒すべきであったとパイモンは今更ながらに思う。


 ルールも分からないゲームに、悪魔の眷属が集まる。自身の眷属を送り出す限りは、魔術を持たせて参加させるのが当然の帰結であった。

 現にパイモン自身もしているのだから、他の者がやっていない訳がない。であれば綾がその存在を認知しているのも当然である。


 だがそれだけではまだ特定には至らない。

 仮に奥の手の存在を知られていたとしても、誰がそれを授けたのかは綾と九朗が契約する悪魔を除いてもまだ六択になる。


「大変素晴らしい推理だ。けど、それだけで吾輩の名を言い当てたっていうのは随分と話が飛躍しているように思えるな」

「はい、ここまでは先ほどあえて言わなかった『二つ目のミス』についての話です」


 今更になって驚嘆するパイモン。確かにあのタイミングでこの話を聞いていれば、それ以降の行動は変わっていただろう、と。


「なるほどね。つまりは吾輩の魔術が何であるか分かれば、自ずと吾輩の正体も分かるという寸法だ」


 綾はコクリとうなずく。

 事前に大悪魔たちの魔術についての説明を受けていたのであれば、あとは魔術の特定をするだけで相手の正体は判別できる。


「そう、だからあなたがどのような行動に出るのか試したんです。では、その奥の手はどのような魔術なのか。その答えを探る鍵は私が招待状を持っていると知ってからの行動にあります」


 パイモンは思い返す。招待状を見て、自身が何をしたのかを。

 綾が誰の眷属であるかの確認。確かに考察の種を落としてしまう覚悟でした行為。ではあるが途端に自身の正体を暴かれる程のものではない。


「いやいや、吾輩自身についての話は何もしていないだろう?」

「それはそうですが……どんな些細な情報からでも考察を進める私に対して、あなたは躊躇いもなく情報を出すようになりました」


 心境の変化すらつぶさに読み解く青い瞳が、電話越しにパイモンの胸を刺す。

 猪碌館における自身の考案した戦略すら看破されたことを悟り、込み上げる乾いた笑い。もはや耐える必要もない。


 仄暗い部屋の中、パイモンは煌々と輝く水晶玉を指で弾く。コロコロと転がり、机から落ちて砕け散る破片。

 その一つ一つに映る綾の顔を見て、大きく横に広がった唇を舌がなぞる。


 もはや耐える必要もない。知による敗北を払拭するための術は用意してある。

 それはパイモンが有する魔術――もとい彼の潜在的な思想理念に由来するもの。

 数という名の力。


「ああ、隠し事はもうナシだ。だから君の探偵ごっこに付き合うのもやめよう」


 パチン、と指の鳴る音がスピーカーから流れる。それと同時に周囲の視線が一点に綾たちの方へと注がれた。

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