第14話
5分ほど経ち、テーブル上のブザーが鳴りだした。
受け取り口に向かう芽衣子。
その背を見ながら
決して芽衣子に興味がある訳ではない。
食事への期待はたしょうある。が、どちらかと言えばそこ意外に視線を向けることができないから、致し方なく見ているだけだ。
正面の九朗と側面の綾。その二人から向けられる眼光の鋭さに叶はただただ委縮している。
当然九朗たちもそれを分かっていない訳ではない。
「それで、叶さんは島に何をしに行くんですか?」
「えーっと……」
歯切れ悪く言葉を濁す叶。
「食費もろくに持っていない旅人か。本当にどこへ行く宛があるのやら」
詰める九朗におびえながら、叶は更に下を向く。
隠し事があるのは明白。綾はそれが気になってならない。
対して九朗はいくぶん理性的で、その先の展望まで視野に入れて話を進めようと画策している。
「はーい、料理をお持ちしましたよー!」
そこに戻ってきた空気の読めない芽衣子。
彼女は今、この卓上で唯一何も理解していない。
ゆえに大量の皿を嬉々としてテーブルに並べていく。
「叶さんもどんどん食べてくださいね。おかわりもいっぱいありますから!」
「あっ、ありがとうございます……」
にこりと微笑みながら受け取り口へ戻っていく芽衣子。
気まずい空気から逃げるように叶はフォークを手に取り、唐揚げに刺す。
一挙手一投足を見られている状況下では、口元に運んでもなかなか口が開かない。
「どうしたんですか? 食べないんですか?」
綾に勧められてようやく少しかじる叶。ほとんど噛まずにごくりと飲み込む。
一口、一口、ついばむような食べ方に綾は思わずくすりと笑う。
なぜ笑われたのか、いくら考えても叶にはさっぱり分からない。
「ボク、なにかおかしなことしてますか?」
「いいえ?」
尋ねても答えは教えてくれない。返ってくるのは不敵な笑みだけ。
「はいはいー! まだありますよー!」
再び戻ってきた芽衣子が、また次々と皿をテーブルに置いていく。
しかし気づく。料理がまったく減っていないことに。
「お嬢様、まさかこれって……」
突き出された人差し指はわなわなと震えており、芽衣子の顔は青ざめていく。
「……美味しくない?」
間髪入れずに漏れる九朗のため息。
「君は馬鹿か? 減っているのは唐揚げ一つだけ。よもや三人でそれを分けて食ったとでも思っているのかね?」
「古谷さん、私に当たり強くないですか? そういう振る舞い、嫌われますよ」
「嫌われても構わんし、当たりが強いのは君が的外れなことばかり言うからだ」
いがみ合う二人を見てケラケラと笑う綾。
合わせるように叶も笑う。
ハハッ、ハハハッ、と、気づいた時には笑っているのは叶一人。
再び集まる視線。今度は芽衣子までも。何がおかしいのか。ただ周りに合わせただけだというのに。
叶は考える。笑っていたのは綾と自分。そこに何の差があるのだろうかと。
考えあぐねる叶の肩を、九朗がポンと軽く叩く。
「ダメだな。そこで笑ってしまうのは不自然だ」
確信を突く一言に、ごくりと唾を飲みこむ音。
隣に座る綾は顎に手を当てて叶を横目で見る。
「どこで怪しまれたと思います? 最初からですよ」
叶は思い返す。綾たちと会ったのは船の入り口でのこと。芽衣子と激しく衝突した。正面を向いたまま、一直線に駆けた結果だ。
普通ではあり得ないこと。ここで綾は疑問を抱いた。
なぜ叶は芽衣子にぶつかったのか、と。意図があるようには見えない行動。
単に距離感を見誤ってしまったのか。
だとすれば叶の目には何か異常がある。
否、食事は普通に取れている。フォークを持ち、唐揚げを口元に運ぶことは容易にできていた。
つまりは手元に空間を認識することはできている。
問題なのは手元を離れた距離の認識。叶は圧倒的にそれが鈍い。
まるで度の強い眼鏡を掛けた後のような距離感の乱れ。
それが常時起こりうる状況を考えると、綾の中に一つの仮説が生まれる。
「叶さんって、鳥でしたか?」
あまりに間抜けな問いかけに、芽衣子はついに綾がおかしくなってしまったのではないかと言葉を失う。
その傍らではケラケラと笑う九朗。
「最高だよ。確かにそれなら辻褄が合うだろうな」
「ちょっと、あなた何を……」
「いやぁ、失敬失敬。しかしながらあり得るんだよ。それにほら、彼女を見てみたまえ」
九朗は叶を指さす。
こんなおかしなことを言われているにも関わらず、目を大きく見開いたまま口をわなわなと震わせている。
「いやいやいやいや、ボクが鳥? そんな魔法みたいなこと、非現実的ですよ! ある訳ないじゃないですか? 」
叶は必死で取り繕う。が、その焦りが綾の言葉が真実であると裏付けてしまう。
「私、知ってるんです。魔法も非現実も、この世界に実在するって」
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