二章 船上のアリア
第11話
月刊ムーン8月号は飛ぶように売れた。
[あの人気絵本作家に悪魔の影]と題された九朗の記事は注目を浴び、SNSでも大きな話題となった。
「さっすが古谷クン、今回もいいとこ突くね〜!」
足を揺らしてスマートフォンをいじる金髪青眼の少年は、モノトーンでシックなドレスに身を包んでいる。
足下に広がるのはミニチュアのようなネオンの灯り。
少年が網状のフェンスに背をもたれて振り返ると、背後にある分厚いドアがゆっくりと開いた。
現れたのはシルクハットを被った執事姿の青年。
手にはナイロン製の大きなボストンバックが握られている。
「なあ、そう思わないか? バロ……バレ……バル……」
「バラムだ。それと脈絡もなく尋ねるな」
「脈絡はあったじゃないか。ちゃんと聞いていたくせに」
少年が月を見上げると、暗褐色の翼が夜空に紛れて急降下してきた。
ずんぐりとした体に、がま口のような平たいくちばし。
鳥はバラムと名乗る男の肩にぴたりと止まる。
「で、そっちはどうなの?」
少年の視線がバッグに向くと、バラムはそれをポンと投げた。
「うっ……」
中から聞こえるか弱い悲鳴。
少年は立ち上がると軽々とフェンスを飛び越えてバッグの前に降り立つ。
ファスナーを開いてみれば中には身ぐるみを剥がれて手足を縛られた茶髪の少女が、身を縮めた状態で無理やり押し込まれている。
「はえー、君ってこういう子がタイプなんだ」
「関係ない。適当に連れ去っただけだ」
「でもさでもさ、吾輩は『とびっきりの美女を連れて来て』って言ったじゃん? ということは君にとってこの子がとびっきりの美女、ってことでしょ? ねえ? ねえ?」
しつこく尋ねられ、バラムは大きくため息をつく。
返事がもらえず少年は頬を膨らませる。
「もー、つれないなぁ」
文句をたれながらも少年は少女をバッグから引きずり出し、スカートの中に隠していたナイフを抜いて構える。
月明りを背に浮かぶ笑みはやけに冷たく、一糸まとわぬ肌をひりひりと刺す。
首を横に振り拒絶を示しても否応なく迫る刃。
這って逃げる少女へ馬乗りになり、少年は彼女の耳元に口を近づける。
「ねえお姉さん、酷いと思わない? バルマ君、ちっとも吾輩の相手してくれないの。吾輩なにか悪い事したかなぁ?」
少年の声には耳も貸さず、少女は一心不乱に身をよじり暴れる。
何度尋ねても変わらぬ態度に、次第に少年の表情は曇っていく。
「もういいや」
唐突に突きたてられたナイフ。額から流れる血に、焦りは一層増していく。
しかし身動き一つ取れない。
巨石に押しつぶされるような圧迫感が少女の腹に襲い掛かる。
「うぐっ……嫌……嫌ァァァァァァッ!」
バラムは帽子を深々と被って目をそらす。
ため息をかき消す甲高い悲鳴はすぐに鳴り止んだ。
「ほい、鳥さん借りるよー」
少年は赤く染まった手で鳥を鷲掴みにして連れ去っていく。
「ここをこうして……あれ、これどうだっけなぁ……よし、よし……最後にパテで整えて……はい、完成!」
少年は立ち上がり、大きく背を伸ばす。
いささかすっきりとした表情で、頬に付いた血飛沫を拭いながらバラムの方へと歩み寄る。
その後ろでは生まれたての小鹿のように身を震わせながらゆっくりと立ち上がる茶髪の少女。
足下に横たわる鳥はピクリとも動かない。
「どう? 二回目にしては手慣れたモンでしょ?」
「さあな」
相変わらずの素っ気ない態度。
バラムの関心はむしろ少女、ひいては足下の鳥にあった。
近づいて拾い上げてみると生気はまるで感じられない。
「なになに? バロム君もやってみたいの?」
少年が体を傾けてバラムの顔を覗き込む。表情はぴくりとも動かない。
しかし感情を読み取るのは少年にとって容易なことである。
真っ赤に染まった握り拳を差し出すと、一拍置いてバラムは手のひらを添えた。拳が開くと小さな肉片がポトリと落ちる。
「君って本当に優しいよね」
「……馬鹿にしてるのか?」
「いいやー。でも、ほどほどにしないと身を亡ぼすよ、ってハナシ」
にこりと微笑み、少年はドアの方へとゆっくりと向かう。
「じゃ、後のことはよろしくねー」
バタリ。
残されたバラムは両手に残った鳥と肉片をじっと見つめる。
三度漏れ出すため息を噛み殺し、上目で眺める月は真円。
「どいつもこいつも面倒ごとを押し付けやがって」
バラムはその場にあぐらをかいて背を丸めた。
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