第7話

 良太は鼻で笑う。なにも慢心ではない。

 常識的に考えて暴ける訳がないのだから、当然の反応だろう。

 しかしただ隠すだけでは鬱憤が収まらない。


 自身を散々コケにしてきた綾と九朗に泡を吹かせてやらなければ、良太の気持ちも晴れないというもの。

 そこで一つ、策を講じる。この場で綾を消してしまおう、と。


「交番勤めの下っ端にそんな力がねぇ。で、あるとしてその証拠は? 人に罪を問うのなら、証拠を出すのが常識ってものでしょ」


 御託を並べて相手の出方をじっと伺う良太。

 彼の持つ異能は、発動するために三つの条件を満たさなければいけない。

 その一つ、最も達成し難いのが相手の『同意を得る』こと。


 警戒心のある相手から同意を得るのは難しい。

 しかし向こうも証拠を探りに来ている現状、付け入る隙はそこにある。

 いわばこれは誘導尋問。証拠を求められれば相手の選ぶ択は一つ。


「はい。なので今から立証のために使っていただけないでしょうか?」


 想定通りな綾の返答。

 思ったままに事が運び過ぎて、良太は思わず下卑た笑みを漏らす。


「いやいや、あれだけ大口叩いて最後は相手頼りって……」


 完全に盤面を掌握したような満足感に、良太は愉悦を噛み締める。

 当然、異能は行使する。しかしその前段で立場を弁えさせたい。あと一言、へりくだった態度を見てみたい。

 という良太の願望とは裏腹に、綾は依然変わらず落ち着き払っている。


「私の思い違いでしたか? いえ、できないのならこのまま帰らせていただきますが……。いいですよ、その力を私に使っていただいても」


 徹底して舐めた態度の綾に対し、良太の怒りは限界を超える。

 しかし綾の口からは異能を自身に使用して良いとの言質が。

 異能を発動する条件の一つは達成した。


 千載一遇の好機に、良太はスマートフォンを取り出して綾に投げつける。

 第二の条件は相手が悪魔・・の召喚陣を有していること。

 良太の待ち受け画面にはそれが設定されている。


「お前が望んだことだ、吐いたツバ呑むなよ? 現れろ、バティン!」


 良太が悪魔を呼び出すのが異能を使う最後の条件。

 薄い胸に当たり、綾の膝元に落ちるスマートフォン。

 小さな声で「痛っ」とか弱い悲鳴が聞こえた。


 しかしそれ以上は何も起こらず、沈黙が流れる。

 良太には理解できなかった。

 何が起きているのか。否、なぜ何も起きないのか。


 カチリとライターの火が付く。

 一拍置いて口いっぱいに含んだ煙をゆっくりと吐き出しながら、九朗はポケットからスマートフォンを取り出した。


「失敬失敬、返すのはこちらだったかな? いや、こっちだった気もするが」


 次々と現れる多種多様な色形のスマートフォンに、良太はただただ絶句する。


「ご名答だよ来栖嬢。やはり凶器は携帯だったな」

「褒められても嬉しくないですよ。危険があれば止めてくれると言っていたのに……」

「それはあくまで君の推察が外れていたら、の話だ」


 少女たちを消した異能にはスマートフォンが関与していると考察した綾は、九朗にありったけのスマートフォンを用意させていた。

 そして良太から九朗がスマートフォンを取り上げた際、最も似ているものと取り替える。


 二人の視線が向けられている間には満足に手元を確認できる訳もなく、土壇場で良太が繰り出した切り札は空砲に終わった。

 全て綾が描いた通りの展開である。


 まんまとしてやられた良太は未だ何が起きているのか理解できず、うつけたように立ち尽くす。

 その傍には自身のスマートフォンで良太のスマートフォンの待ち受け画面を撮影する九朗。


「なるほど、そういうことか」


 今撮った写真――幾何学模様のように複雑な魔法陣を画像検索にかけると、出てきたのは『幸運の待ち受け』という胡散臭い触れ込み。


「この紋様を媒介して異次元に転移する術を発動させた、という訳か」


 手の内をつまびらかにされ、良太の胸中は慌ただしくざわめく。

 冷めた視線を避けるように垂れる頭。

 押し寄せる劣等感、認め難い敗北。


「まだだ……。まだ全部分かった訳じゃないだろ……?」


 震える声を咎めるように、ゆっくりと九朗の口が開く。


「自分の職場を卑下する言いふるまい。その割に注意は散漫でミスも多い。典型的な意識の高い無能タイプ。向上心は高いのに周りからの評価は上がらず、逆恨みを弱者にぶつけて発散する。擁護のしようもないカスだ」


 反論の余地もなく奥歯を噛む良太。

 追い打ちをかけるように綾が言葉を添える。


「先ほどスマートフォンを確認していましたが、そちらで誘拐した子たちを見れるのですか?」


 尋ねられても良太からの返事はない。

 答えられない問いかけに沈黙を強要され、喉元が締め付けられる。

 言葉という縄に吊るされ、罪の重さに足を引かれる。


 あまりの苦しさに良太は膝から崩れ落ちた。

 永遠にも感じる一瞬。その間にも延々と続く綾の問いかけ。

 これ以上見透かされないために、良太が取れる選択は一つしかなかった。


「……お前ら、悪魔って知ってるか?」

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