第6話

 同僚が出払った交番の中、中肉中背の若い警官・倉木良太は椅子にもたれ掛かり暇を持て余していた。

 実に平穏な昼下がりだ。


 事件が無ければ何もやることがない。

 町全体にのどかな時間が流れている。

 良太が退屈そうに待っていると、車椅子に乗った白髪の少女がやって来た。


「すみません、失くし物がありまして」

「はいはい、どうもご親切に……」


 良太が立ち上がり、少女の方へと小走りで近づく。

 にこやかに迅速に、実に平々凡々対応だ。

 が、彼を見る少女の目は険しい。


「お巡りさん、お名前は?」

「えっ?」


 まるで今から取り調べでも受けるかのような空気に、良太はごくりと息を飲む。


「あくまで私の個人的な興味ですから、嫌でしたらお答えいただかなくても構いませんよ」

「いやいや、なにも隠すようなものでは……俺は倉木と申します」


 名乗ったものの少女の表情は一向に晴れない。

 それどころか視線は一層鋭く良太を刺す。


「それで、落し物はどちらに?」


 少女が足元に置いたポーチを持つ。

 すかさず伸びる良太の手。

 しかし少女は一向にポーチを差し出さない。


 なぜか、と考える暇も与えず少女が良太の手首を掴む。

 暗い水の底を覗くような奥の見えない黒い瞳。飲み込まれそうに感じて、良太は不意に少女の手を払って距離を取る。


「私、落し物なんて言ってませんよね?」


 良太は一瞬戸惑った。

 少女が持つポーチは落し物に違いない。

 しかし彼女は確かに最初、『失くし物』があると言った。


 どのように挽回しようか。

 思い違いで片付けるのが手っ取り早いだろう。と、返答が喉元まで来た時に、ある仮説が頭をよぎる。


 この時点でポーチ本体が落とし物であるとは綾の口から言及されていない。もしかするとその中から落とし物が出てくるかもしれない。

 となると先ほどの行動は落とし物が何であるか知っていると自供しているに等しい言動だった。


 わなわなと震える良太に、少女は微笑みを浮かべてお辞儀をする。


「申し遅れました。私、来栖綾、と申します。とあるものを探してこの街に来たのですが……」


 勿体ぶるような口調で綾はポーチから四つ折りにした紙を出す。

 開いてみると白い手袋の写真がコピー用紙にでかでかと印刷されている。


「これ、届いていなかったですか?」

「さ、さあ……。見たことがないですね……」

「そうですか。先日家に帰った妹が、お気に入りだったのに無くしてしまったと泣いていましたので」


 綾の言葉を聞くや否や、良太は急いで休憩室へと向かう。

 大慌てでロッカーを開け、スマートフォンを取り出した。

 画面が付くとそこに映るのは少女が映る無数の動画フォルダ。


 良太は膝をついて安堵の息を漏らす。

 後ろからはキリキリと車椅子の近づく音。

 背後の気配に怯えながら、震える指でスマートフォンの画面を消す。


「あら、職務中に私用とは」

「いえ、まあ、急用といいますか……」

「ペットが檻から逃げ出した、か?」


 男の声が聞こえると共に、良太の手元からスマートフォンが消える。


「どうも、月刊ムーンの古谷です」


 名乗りながら九朗はスマートフォンを投げ返す。

 良太はその顔を知っていた。幾度となく公園に現れた正体不明の変人だ。

 そんな男がなぜここに、と考えれば行き着く結果は自ずと決まる。


 自分の行いが暴かれた。そう判断した良太は開き直る。

 何せこの犯罪は証明ができない。『何を』したかが分かっても、『どのように』したのかは説明が付かない。


「オカルト雑誌の記者さんですか。いったい何の取材に?」

「いや、これといった面白い話はないのだが、ここの近くに落とし物公園ってのがあるだろう?」


 良太はスマートフォンをこっそりとポケットに隠し、にこやかにうなずく。


「……静かでいい公園ですよね」

「ああ、ちょうど巡回中に立ち寄って、物を置いて行くには良い静けさだろうな」


 全て見据えた九朗の話に、反論をする余地はない。

 無理に上げた口角の端が震わせながら、良太は無言を貫いた。

 しかし九朗は追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「そして落とし物は公園から程近いこの交番に届く。どんな気持ちで受け取っていたのか是非お聞かせ願いたいところだ」


 どれだけ煽られても、良太はうつむき閉口するのみ。

 沈黙は金。誰も自分を罰せないことは良太自身が重々承知している。

 ただただ時間が過ぎ、九朗たちが帰るのを待つだけだ。


「卑怯ですね、自分は黙って逃げるだけなんて」


 綾がぽつりと吐いた言葉が良太の琴線に触れる。


「卑怯……だと?」


 先程まで身をすくませていた良太が急に立ち上がった。

 大きく見開いた目は一点に綾を睨んでいる。

 卑怯——それは彼が最も嫌悪する言葉。


 よもやそれが自分に向けられようとは。良太は腹の底から湧き上がる感情を乗せて、二度三度と大きく息をこぼす。

 放たれるのはヒリヒリと肌を刺すような殺意。


 だが、いつ何が起きてもおかしくない状況に晒されてなお、綾は凛とした佇まいで対面する。

 黒い瞳に映るのは、ただ一点に見据えた謎。


「暴きます。あなたの罪を……その異能ちからを」

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