第5話

 綾は九朗からスマートフォンを奪い、次々と写真を見ていく。

 何枚も何枚も、瞬き一つせず流れるように。


「私、常々不思議に思っていたんです。どうして現場に何も捨てていかないのかなって」


 位置情報を共有できるもの、それこそ電子機器などは持っていけば追跡ができる。

 連れ去るならば、その場に置いていくのが最も安全だ。


「恐らくですがどの事件現場にも残されていなかったですよね、スマートフォン」


 九朗はこくりと頷いた。


「位置情報もパタリと途絶えていたようだ」

「となると電波の届かないところ……上空や地中、はたまた異次元に転移したとか?」


 数秒間をおいて綾は小さく咳払いをする。

 よもや自身の口からファンタジーな言葉が出ようとは、と僅かばかり恥ずかしさを覚えた。

 そんな照れを隠すように、推理を続ける。


「しかし上空と地中は無いでしょう。空を飛んでいる人なんていたら目撃談の一つくらいあるでしょうし、地中に潜れば落とし物も多少は土で汚れていないと」

「では少女たちは異次元に転移したと」


 九朗が尋ねるも、綾からの返事はない。

 果たしてそんな単純な落とし所でこの話を終わらせて良いのか。もっと核心に迫れるのではないか、と綾は熟考する。


 仮に少女たちが異世界に転移したとして、誰が何のためにやったのか。

 それを調べようと改めて落とし物の写真を見て、綾はあることに気づいた。

 画像に写る物品はどれもこれも真新しい。


「汚れと言えば、このポーチもおろし立てって感じですよね」

「確かにな」


 偶然にしてはいささか違和感を覚える。

 はたして本当に少女の持ち物なのか。

 考えるほどに綾の脳内にはふつふつと疑念が湧く。


「犯人が被害者の持ち物を模して置いていった、とか? しかしなぜ……」


 綾の中で引っかかるのは、落とし物が残されている理由。

 なぜ落し物をわざわざ公園に置いていくのか。

 何か意図はあるはずだと必死に思考を巡らせる。


 しかし見えてこない。

 感じられるのは検閲を受けたかのような作為的な情報の廃除。

 現に手元のポーチを隅々まで見ても、それが誰のものであるのか到底分からない。


「急所を外して噛ませているような、なんとも芯を食えない感じが……」

「愉悦、か」


 ハッとした様子で綾は九朗の方を見る。

 曖昧だった犯人像の一端を掴み、思考が急激に加速する。


「こちらが見抜けないことを嘲笑っているのでしょうか?」

「それもある。が、それだけではないだろうな」


 どういうことかと綾は首を傾げる。

 真相は未だ謎に包まれたまま。

 にも関わらず九朗の目には既に余裕すら感じられる。


「もしこれが犯人によって意図して置かれたものならば、ハンデを与えているような、言わば対等にゲームを遊んでいるという満足感を得るためのものだろう」


 ポケットから取り出されたタバコがゆっくりと口元へと向かう。


「臆病者のくだらない自己満足だな」


 口元に浮かぶ微笑とは裏腹に、声色にはどこか言い捨てるような粗雑さがある。

 綾は安堵の息を漏らす。

 九朗も存外真人間であるのだと。


 しかしながら今やろうとしていることは看過できない。

 どのように注意しようかと考えあぐねているうちに、ライターに炙られてタバコの先に煙が立った。


「ちょっと、路上喫煙は条例違反ですよ」

「それは失敬。どこにも禁煙と書いていなかったから、てっきり吸って良いものかと」

「なんですか、その屁理屈? 書いてなくても常識的に考えれば……書いてない、常識……」


 突然電源の入った機械のように、綾は小声でぶつぶつとつぶやく。

 超高速で回る思考。

 瞬きをひとつした後に九朗の方を見て綾が口を開く。


「この落とし物、拾ったらどうしました?」

「当然、交番に持っていくが」

「ですよね。常識的に考えて、そうしますよね」


 九朗は口からふわふわと煙を漏らしながら数秒固まる。


「仮に犯人がゲームを遊んでいるつもりで落とし物を残しているとして、勝敗のジャッジはどのようにするのでしょうか? はたしてこの臆病者が他人に審判を委ねるでしょうか?」

「そうだな……。いや、流石だ、が……」


 犯人の目星が付いたとしても、まだトリックが分からない。

 何の対策もなしに会っても、今度は自分たちが異世界に送られかねない。と、九朗は考える。


「このまま行けばミイラ取りがミイラに成ってしまうかもしれんな」

「成れば成るで上等ですよ。もっとも、それも無いとは思いますが」


 自信に満ちた綾の返答に、九朗は笑う他なかった。

 一体どこまで先を見通しているのか、想像するだけで背筋がゾクゾクと震える。


「よし、では落し物を届けに行こうか」


 九朗は再び綾を車に乗せ、運転席に着いた。

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