一章 落し物公園
第4話
峠道を抜け、平野を過ぎ、二人を乗せた車は閑静な住宅街にたどり着いた。
「こんなところに一体なにがあるというのですか?」
綾の声に耳も貸さず、九朗はゆっくりと車を走らせる。
日が落ちるにはまだ早い時間。
にも関わらず、道行く人の気配はまるでない。
しばらく経つと九朗は突然ブレーキを踏んだ。
傍に見えるのはどこにでもある小さな公園。
滑り台と鉄棒、あとはブランコ程度しか遊具がない質素な公園だ。
「着いたぞ」
薄ら笑いを浮かべてドアを開ける九朗。
綾の目にはいまだこの公園に特段変わったところは見受けられない。
「説明していただけますか? ここでどのような事件が起こったのか……」
「事件? そんなもの、ここでは起こっていないよ」
外で車椅子を広げていた九朗が手を止め、胸元から手帳を取り出して綾に渡した。
開いてみればいくつもの失踪事件についてのメモが乱雑に書かれている。どれも異なる日付、バラバラの街で起こったもの。
その中のとある一行を目にして綾はごくりと息を飲む。
「あなたもつくづく意地の悪い人ですね」
S市少女失踪事件、綾が解けなかった事件の一つである。
「事件についての説明はいるかな?」
「いいえ」
綾はうつむき眉をひそめる。
事件が起きたのは3月、S市の小さな公園でのこと。
春休みの真っただ中、友達と遊びに行くと家を出た少女が突然行方をくらませた。
周辺の防犯カメラにも怪しい人物は映っておらず、犯人の目星すら付いていない。
しかし何より不可解なのは、少女の私物が遊びに行った公園に置き去りにされていたことである。
状況的に少女が公園を訪れたことは明白。だが彼女の友人すら少女は来ていなかったと口を揃えて供述する。
「それで、失踪事件とここに何の関係が?」
問われた九朗は無言で綾を抱きかかえ、車椅子に乗せる。
「運が良ければ今日もあるはずだが」
車椅子を押し、九朗は誰もいない公園に入る。
奥の方には木製の古びたベンチ。
その上にポツリと小さなポーチが置かれている。
九朗は嬉々としてポーチを手に取り、躊躇なく中身を開く。
真新しいキャラクターものの小銭入れと熊の形をしたご当地土産のキーホルダー、あとは個包装のクッキーが三つ。特段変わったものは入っていない。
「落し物でしょうか?」
「だろうな。ときに、君は神隠しというものはご存じかな?」
「馬鹿にしているんですか?」
口では食いかかってみせるものの、綾はじっくりと考える。
失踪事件、遠く離れた公園、忘れ物。
よもや九朗がなんの意味もなく話しているとは思えない。
「……そのポーチ、神隠しに遭った子の?」
「だろうな」
九朗はポーチを投げ渡す。
綾はそれを手に取り、中からクッキーを取り出した。
半分だけチョコレートでコーティングされた、子どもらしくない小洒落たものだ。
「なるほど」と小さくつぶやく綾。
終わりが近いとはいえ季節はまだ夏。日中の気温は三十度近くになる。
にもかかわらずクッキーに着いたチョコレートは解けていない。
「この子、まだ連れ去られてからそう時間は経ってません。今からでも探せば……」
「だから先ほども言っただろう。事件はここで起こっていない、と」
九朗は綾の膝元から手帳を取り、後ろの方のページを開いた。
「これは別のネタを追っていたとき、偶然ネットの掲示板で見つけたものでね。ここは頻繁に落し物があるので、そのまま『落し物公園』なんて呼ばれているらしい」
綾はごくりと唾を飲む。嫌なことに気付いてしまった。
キーホルダーはこの辺りで売っているもの。はたして地元の土産をわざわざ普段使いのポーチに入れて持ち歩くか。
常識的に考えればその辺で買えるものを持っていることにおかしな点など一つもない。が、また常識的に考えれば土産は土産と考える方が妥当。
背反する二つの常識。
しかしここでなぜ九朗はS市少女失踪事件の話をしたのか。
否が応でも繋がってしまう点と点。
その二つを結ぶのは、常識では考えられない魔法のような超常現象。
追い打ちをかけるように、九朗は自身のスマートフォンを取り出して綾に写真を次々と見せる。
写真に映っているのはなんら特徴のないピンク色の小さな手袋。
「ほら、これなんか君も見覚えがあるだろう? いったいどうして現場から遠く離れたこの地にこれが落ちていたのだろうかね?」
その手袋はS市で行方不明になった少女が着けていたものと全く一緒だった。
「誰かのいたずら、じゃないでしょうか?」
「いいや、これはS市少女失踪事件が報道される三日前に撮ったものだ」
画面に載っている日付から九朗が嘘をついていないのはすぐに分かる。
はたしてこんな出鱈目なことを信じるべきなのか。
そんな疑念をかき消すように、綾の胸の奥に強い衝動が湧く。
誰かを救いたいなどという純情なものではない。
ひとえに目の前に立ちはだかる謎、無理難題の逆境に対する挑戦心。
綾の目は静かに、しかし鋭く遠くにある何かを見据えていた。
「もしそれが本当なら、今度こそ暴けるかもしれません……この事件の真相を」
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