ふだつき

緋色ザキ

ふだつき

 朝起きると、父と母の額にふだがついていた。


 何をふざけているのだろうと思い、額からそのふだを取ろうとする。しかし、なぜだがふだに触れることができず、怒られることとなった。


 どうやら本人たちは気づいてないようである。そして、お互いに張り付いたふだも見えていないみたいだ。


 それで、気になって鏡を見てみると、僕の額にも丁寧にふだがついていた。剥がそうとしてみるも、どうにも触ることができない。


 一体何なのだ。

 ただ、考えたって答えは出ない。僕は、はあと息をつくと、学校へ向かうため家を出た。

 そして驚愕することになる。


 すれ違う人がみな一様に額にふだをつけていた。ランドセルを背負った小学生も、スーツを身にまとう社会人も、よぼよぼで杖をついたおじいちゃんも。

 昨日とは全く異なる景色である。

 

 さては、夢の世界だろうか。頬をつねってみたが、痛いだけだった。

 途方に暮れ、何の気なしに横を流れる小さな川の水面に目を向けた。僕の困惑した顔が写っている。


 不意に、ひゅーと穏やかな風が吹いた。そして僕の額のふだを押し上げる。

 

 そこにはみさきと書かれていた。その名前に僕はどきりとする。

 それはクラスメイトで、僕がひそかに心を寄せる相手だったからだ。


 つまりこのふだには好きな相手の名前が書かれている。

 その結論を導き出した瞬間、僕は思った。これはチャンスである。僕の思い人、渋谷美咲の好きな相手を知るチャンスだ。


 学校に着くと、すでに教室にはほとんどの生徒がいた。みな額にふだがついている。渋谷さんにもである。

 僕はそれに安堵し、それからその額に目をやった。しかし、悲しいかな、教室の中で風が吹くこともなくふだがめくれることはない。 


 どうしたものかと考えていると、渋谷さんの友人が今日は暑いねえと言って窓を開けた。そしてタイミングがいいことに教室を風が通過した。


 僕は目を見開いて渋谷さんの額を見た。そして、思わず泣きそうになる。なんとそこにはしょうごろうと書いてあった。

 僕の名前である。アニメのキャラクターから親がつけた名前で、同名の人にはいままで一度も会ったことがなかった。

 僕は自分の名前に生まれて初めて感謝したのであった。


 放課後、偶然渋谷さんが教室に一人残っていた。僕はいましかないと確信した。ここを逃す手はない。


「渋谷さん、少し話があるんだけどいいかな」

「ええ、どうぞ」


「えっと、その、渋谷さん、しょうごろうが好きなんだよね」

「なんでそれを?」


 渋谷さんは恥ずかしげな顔をした。これは、やはり思った通りなようだ。


「僕も渋谷さんが好きです」


 夕暮れどきの教室を穏やかな風が吹き抜けた。


「えっと、ごめんなさい」


 僕は思わず首を傾げる。


「しょうごろうが好きなんじゃないの?」

「ええ、うちの飼い犬のしょうごろうが好きよ。よく知ってるわね」


 こうして、僕の恋路はあっけなく終わりを告げたのであった。

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ふだつき 緋色ザキ @tennensui241

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