第3話 どんぐりの生き方
異世界に転生したらどんぐりだった。
何を言っているか自分でもわからない。
スキルなしとか外れスキルとかハズレ職業やハズレ種族題材の作品はいくつか見たけれど、どんぐりは……。
俺が読んだやつにはなかったなぁ……。
どんぐりかぁ……。思わず、無いはずの目で遠い目をする。
スライムだったら、ゴブリンだったら、ハズレスキルだったら……そういうのは大量に
しかし、どんぐりは先行研究がなさすぎる。毎日のように見たアニメや小説にもどんぐりはなかった。俺の完璧な
俺は混乱し、頭を抱えた。
実際には抱えたつもりになっているだけであり、どう見てもただの金色のどんぐりがエルフの手のひらでゴロゴロ転がっているだけである。
まあ転がるよな、俺、どんぐりだもんな……。
異世界転生って言ったら主人公は人間型が花形だし、正直ちょっとエルフとかに転生してイケメンか美少女になって魔法や剣技でブイブイ言わせたくなかったといえば嘘になる。
それが、どんぐり。
落差が酷い、酷すぎる。
この高低差エネルギーを活かして発電ができそうなほど酷い。
「どんぐり、どんぐりかぁ~……」
もう自分がどんぐりなことでいっぱいになって、何も頭に入ってこない。
そんな限界まっしぐらな中でもエルフさんは目線を俺に合わせて優しい目で俺を見つめていた。
ふと気がつく。
「あれ? 俺どんぐりなのにエルフさんと話せてる?」
「はい、お話できておりますね、さすが若君」
話せるだけで褒められた。喜んでいいのか?
でも俺どんぐりだし話せるだけでもすごいかもしれない。どこから発声してしているのかは謎だが。
「若君って俺のこと?」
さも当たり前のように、丁重にエルフは頷いた。
「私は聖樹族の……他種族にはエルフと呼ばれている者。世界樹の守護者と呼ばれております」
エルフは跪くと俺を手のひらからテーブルの上の柔らかなクッションの上に置いた。
「ひとまずはこちらにお座りください」
白い雲のように柔らかなクッションは、俺のようなどんぐりをも優しく包みこんだ。ごろごろと気持ちよさそうに転がる俺を、エルフは笑顔で見つめている。
こんな胡乱などんぐりにも優しいなんて。このエルフはいい人だと思う。間違いない。
「ご丁寧にどうも……」
恐縮しながら座り直す。お辞儀もしてみたものの、ただ角度が斜めになっただけかもしれない。
「ええと、色々聞きたいことが……」
「はい、何でもお聞きくださいませ」
嫌そうな顔ひとつせず、エルフの人は俺みたいなどんぐりに恭しく頭を垂れた。
は、恥ずかしい。こんなどんぐりなんかに頭が低すぎる。高貴なるエルフ様に頭を下げるのは俺の方ではなかろうか。
「……ごめんなさい」
急な俺の謝罪にエルフはきょとんとした顔をする。どんな顔でも美しいの、反則だなあ。こんな緊急事態でなければずっと眺めていたいのに。
「何から聞いていいかわからなくて……扶桑さんて女の人に頼まれて転生したんですけど、まず何がわからないかがわからなくて……」
「なるほど」
エルフは少し顔を手に当てて考え込む。
そうだよな、異世界での常識とこちらの常識、同じであろうはずがない。エルフさんからしてもこちらが何がわからないのかが、わからないはずだ。
そのわずかな空白の時間に、少しだけ聞きたいことが薄っすらと形を作り始めてくる。
「なんで俺がどんぐりなのか、とか。なんで俺を若君って呼ぶの、とか。あとどんぐりなのに喋れてものが見れるのはなんで、とか……」
ぽつぽつと呟いて、恐る恐るエルフさんの顔を見ると、真面目な顔で聞いていてくれた。よかった。
「まずは……そうですね。自己紹介をいたしましょうか。私は聖樹族という一族の者です。種族のもの以外は我々をエルフと呼びます。聖樹族とはあなたや扶桑様のような聖樹の方々をお護りするための種族です」
俺や扶桑さん? そういや、言ってたな。跡を継ぐ、と。
「扶桑さんって何者なんですか? 目を覚ます前にあったのが最初で最後で何も知らないんです」
「扶桑様は聖なる木、聖樹、または世界樹と呼ばれる聖緑の一族の貴きお方です」
「世界樹!?」
俺は口をぽかーんとあけたまま、驚きで身動ぎもできなかった。
どんぐりと世界樹をつなぐ線が、まず思い浮かばなかったからだ。
世界樹ったらファンタジー界のビッグネームだ。俺みたいなアホでも知ってる。でもそうか、木だから、どんぐりから育つのか。当たり前だ。
でも、世界樹もどんぐりから育つなんて考えたこともなかった。
「はい、世界樹の中でも一、二を争う力を持つ写し身、それが扶桑様です」
エルフさんは丁重に答えてくれる。
「扶桑様は樹齢一万二千年、神格も最高に近いものをお持ちでいらっしゃいます。世界樹は千年か二千年に一度だけ、世界樹となる実をおつけになられます。その実が、若君様なのです」
また、エルフさんはうやうやしく頭を垂れた。
混乱で気が付かなかったが、数名どころではない、数十人のエルフが膝をつき、俺に頭を下げている。
なるほど世界樹の後継者か、それでエルフがこんなどんぐりを丁重に扱ってくれるのか。絵面的には意味不明だが理屈は通る。
でも想像してほしい、見目麗しいエルフの集団が、どんぐりを拝んでいるところを。ギャグにしか思えない。
そこまで考えて気がつく。
「あれ? 世界樹って何本もあるの?」
「はい、世界を支える世界樹は現在六柱おられます。若君様を入れて七柱です」
「……ほへー」
思わずアホみたいな声が出てしまったがエルフさんはスルーしてくれた。やっぱりエルフさんは優しい。
扶桑さんも相当巨大な木だったが、あれがあと五人いるのか。情報量が(物理的に)大きすぎて想像もつかない。
「世界樹は、植物……全ての植物を象徴し、庇護する存在です。存在するだけで世界に調和を生み出し、生き物に活力を与える。現し世において神に近しい存在の一つといっても間違いないでしょう」
「つまり、俺も木になる……ってコト!?」
よかった、どんぐりのままじゃなくて。本当に良かった。
「はい、左様です。若君様を立派な世界樹にお育てすることこそ我らの一族の使命。命に替えても必ずや成樹までお護り申し上げることを誓います」
エルフさんは厳かにどんぐりに向け、そう述べたのだった。
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