第4話 どんぐりころころ
それにしても重い。重すぎる。
保護される身の上で言って良いことではないのかもしれないが、エルフさん達の気持ちが重い。
こんな元アラサーブラック企業社畜のどんぐり風情に命をかけないでほしい。
元社畜のどんぐりにかけるにしては言葉が重すぎる。
俺の言葉がどんぐり一個分の重さとすればエルフさんの言葉は十トントラックくらい重い。
重みに轢き潰されそうな感覚を覚えてしまう。受け止めきれない。
「い、命はかけなくてもいいです……命は大事にしてくださいね」
そういうとエルフさんは
「若君のお優しいお言葉、我ら一同ありがたく頂戴いたします」
そういって薄っすらと涙を拭った。
泣くほどのことか?
どんぐりの言うことなんか言葉半分で聞いてていいのに……。
「しかし、そうも参りません。お気持ちだけ受け取らせていただきます。世界樹の領域を護るために我らは力を尽くす所存です」
「……」
どうしよう、重すぎてなんか聞きたいことがあるはずなのに重圧に潰されて何も言い出せない。
やっぱりまだ何がわからないのかがわからない状態だ。
逆に、エルフさん達も俺のことを何もわからないだろう。
俺を護る、といってくれたものの俺がクズだったりアホすぎたりして後で嫌になってもらっても困る。ここは全力で俺のことを知ってもらうべきだろう。
ポイされるならダメージの低い今しかない。
後ろ向きだとは思うが心を通わせたあとにやっぱこいつ駄目だわとか思われたらあまりにも辛すぎる。
絶対エルフさんたちはそんな事言わないと思うけど、俺のネガティブな本能が反射的に防衛策を打ち出した。
「えーと、自己紹介をします!」
俺は思い切って叫んだ。この声、どこから出てるんだろう。本当に不思議だ。
「俺の名前は
そういうと、初めてエルフさんはくすりと笑った。
「はい、かしこまりました。ソウヤ様とお呼びすればよろしいですか?」
「さ、様もいらないけど……はい、それで大丈夫です」
「俺は元の世界では普通の人間で……社畜でした。社畜って言ってわかるかな……うーん、とにかく普通に仕事先があって、仕事をしていました。仕事は事務とか営業とか経理とか、なんか色々……」
世界観を含む自己紹介なんてしたことがないので、切り出し方がわからず、途切れ途切れ紹介を始めた。
とりあえず、誰も笑わずに聞いてくれている。みんな優しい。
「元の世界では、魔法もなくて、世界樹もなくて、人間だけの世界でした。それでちょっと働きすぎて死にかけていたところを扶桑さんがこちらの世界に呼んでくれて、跡を継いでくれと言われて、了解して気がついたらどんぐりになってました。俺がわかることは以上です。俺について聞きたいことがあったら教えて下さい」
ずっと話していたエルフさんの横に控える女性のエルフが小さく手を上げた。
「扶桑様とはいかなる係累だったのでしょう?」
「扶桑さんについては何も知らないんです、扶桑さんは俺の先祖に大恩があると言っていましたが、俺の先祖は代々庶民のはずで……でもなにかあったらしくて、その末裔の俺に恩返しがしたいと」
「なるほど……」
ずっと俺に対応していてくれたエルフさんが納得したかのように頷いた。何がなるほどだったのか、俺にわかるように教えて欲しい。
「ソウヤ様は扶桑様の力を濃く受け継がれているのでしょう。道理でソウヤ様が幼いながらも力にあふれ、利発でいらっしゃるはずです。感服いたしました」
いや、幼くないし。俺もう三十路近くのアラサーだったし。
でもエルフ基準でいうと若いとかそういうことか?
俺の気持ちを察したのか、エルフさんが教えてくれる。
「普通は世界樹の種とはいえど、持つ魔力はソウヤ様に比べれば極わずかで、枝葉をつけるまでは喋ることも周りを認識することもできません」
「えっ」
そらそうだよなどんぐりって硬い殻の中に種? が入ってるだけだもんな……本当になんで俺喋れてるんだ?
「普通は芽が出て木として形になったころにようやく芽生えるのが自我なのです。植えずしてどんぐりのまま意思疎通ができるほどの力をお持ちになっているのは明らかに異常です」
悲報。喋るどんぐりは異世界でも異常だった。
「扶桑様がよほど心を込めてソウヤ様のために力をお分けになった為だとは思うのですが……」
すかさずフォローが入ったので致命傷で済んだ。
それでもドン引きした様子を見せずに対応してくれたエルフさんたちはやっぱり優しい。いつか恩返しがしたい。
「俺、ここにいてもいいんですか?」
「もちろんでございますとも」
エルフさんは優しく微笑んだ。
「ソウヤ様を世界樹に導くことこそ我らが使命。それが扶桑様との約束なれば」
あまりの所作の美しさ、そしてそれが俺に向けられていることに俺は猛烈に感激してしまった。
それにしても扶桑さん、すごい人(樹?)なんだな。今度会ったらお礼を言わないと。落ち着いたら会えないか聞いてみよう。
よく考えたら、木になる。それは元から俺が望んでいたことでもある。
素晴らしいことじゃないか。モテとか非モテとか、リア充とかお金とかそういうのにこだわらなくて良くなる上に、こんな美男美女の種族に囲まれて悠々自適の生活が送れる。
もし俺が最初に予想したような勇者になっても、この俺の陰キャっぷりでは周りと交流できずに孤独に討ち死にとか普通にありそう。絶対俺に向いてない。
どんぐり生活こそ究極のスローライフでは?
俺は元々アクティブな方ではなかったし、どんぐりライフ、割とアリな気がしてきた。YESどんぐり、NO勇者。
よーし、ここで新しい生活エンジョイするぞー!
そう思って俺は片手を上げたつもりだったが、ゴロゴロと無様に転がるだけだった。
それでもエルフさんは優しく見守ってくれている。優しい。天使だ。思わず好きになってしまいそうだ。俺がどんぐりじゃなくて人間だったら絶対告白のチャンスを狙うと思う。それで告白できずに終わるんだ。俺にはわかる。
ほんわかとした空気が流れたその時だった。
カーン、カーン、とけたたましく鐘がなる。明らかに教会の鐘とかじゃないやつだ。場に緊張が走る。
「エルシー様!敵襲です!」
「何が来たの?」
「嗅ぎつけたワイバーンが群れで!」
「全員配置に!子供は地下に入れて守れ!」
「はっ!」
「若君を死んでも護れ!!」
「「「はっ!!!!」」」
一斉にエルフたちは弓を構えまさしく風のように走り去っていく。
えっ。まさかの急展開が俺を襲う。
エルフさんはクッションで俺を包み込むと、袋に入れ紐で自分の首にぶら下げたようだった。
「ソウヤ様、しばしの我慢です。必ずやお護りいたします!」
袋越しでもなぜか周りは見えたが、先ほどと打って変わってエルフさんは殺る気に満ちている。
傍らに置かれた弓と矢筒を取り上げると悪鬼羅刹もかくやという顔で、エルフさんが呟く。
「おのれ……竜ども、一匹残らずぶっ殺してやるぁああああ……!!」
先ほどまでの優しい声は一転、ドスの効いたヤクザのような声色に。
さっきまで青空のようだった瞳は血走り、先ほどまでなかった眉間のシワが浮かび上がり、顔の血管が浮かび上がらんばかりの形相。
さっきの天使、どこに行った!? 俺は怯えて震え、目を閉じることにした。でも閉じられなかったので、何もいない地面を見つめることにした。
こうして俺への、異世界の洗礼が始まったのだった。
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