最終話
漣剛士side
九条さんは忘れてしまっていたみたいだけど、俺は覚えてる。貴女と初めて出会った日のことを。今でも忘れない、それは凍えそうなくらい寒い、雪の日。
「はあ~……」
俺は両手を口に当てて、暖かい空気を身体に入れようとしていた。外が寒いから、もちろんその程度じゃ暖かくならないことも知っている。
今日は家族や恋人たちが過ごすクリスマス。雪も降ってきたし、ホワイトクリスマス。今頃、盛り上がっていることだろう。けれど、外に住む俺にとって寒さは天敵だ。
俺はオメガとして生まれた。まわりからの差別はひどく、常に最底辺のレッテルを貼られ、日々を過ごしている。いつ、命を落とすかもわからない。寝食を共にしてきた仲間たちは皆死んでいった。残されたのは俺だけ。
俺も早く天国に行きたい。天国ってのは、ここよりも快適でさぞ可愛い天使たちがいることだろう。毎日が幸せな生活ができる。明日の飯の心配すらもしなくていい。こんな残酷な世界よりもいいじゃないか。
俺を見て誰もが見ないふりをする。当然だ。もう何日も風呂に入ってないから身体からは異臭がするだろうし、身なりだってお世辞にも綺麗とはいえない。
新聞配達や交通整備のバイトだって毎日出来るわけじゃない。なんでかって? 上の人がオメガである俺を嫌うからさ。面接には受かったものの、週1でも声がかかればいいほう。上司曰く、『オメガなんか雇ってるってバレたら俺の風当たりが強くなるだろ?』だってさ。
つまり、オメガはどこにいっても使ってもらえないってこと。バイト出来るだけありがたいとは思うけど、上司も冷たいよね。
どうして世の中、オメガだとかアルファで決めるのだろう? ほとんどの人がベータとはいえ、一部の人は負け犬になる確率も生まれながらにエリートまっしぐらに進むヤツらも出てくるってことだろ?
そんなの、理不尽すぎる。自分の努力だけじゃ、どうにもならないことが多すぎて。俺がアルファなら、エリートならこんなに荒んだ考え方にはならなかったのかな。
「あの~、大丈夫ですか?」
「……へ?」
うずくまっている俺に話しかけてきた。綺麗な女性だ。腰まで伸びた黒髪は枝毛一本なくて、顔はモデル並みに可愛い。幼さが残るも、こんな女性に誘惑されれば誰もがYESと答えるだろう。
「これが大丈夫に見える……?」
つい悪態をついてしまった。俺が普通の、ベータなら声をかけられれば、俺からお茶でもどう? と誘って、そのままデートに行ける。なんて、夢見る妄想も現実に出来たかもしれないのに。
俺はオメガだから、それも最初から無理な話。こんな女性と付き合えたらどれだけ幸せなんだろう?
「今日は特に冷えますよね。これ、良かったらどうぞ。お家に入れてあげたいんですけど、知らない人は家にあげるなって、親に言われてるので。……ごめんなさい」
「……」
女性は何を考えているんだろう? 知らない人を家にあげるな? そんなの常識だ。
本気で俺を助ける気だった……? 騙されるな。なにか裏があるに違いない。と疑いながらも、俺は女性の優しさに思わず涙しそうになった。
女性はマフラーを俺に巻いてくれた。けれど、女性用なので、俺には小さい。でも、さっきよりも暖かくなった。それにコンビニの袋に入った、肉まんや温かいお茶、それにおにぎりにサンドイッチ。日持ちするカップ麺なんかも入っていた。
「酔っ払いかな? としばらく様子を見ていたんですけど、それにしては体調が悪そうでしたので。貴方の好きな物がわからなかったので、とりあえずいっぱい買ってきちゃいました」
「……ありがとうございます」
さすがに悪いと思ってお礼を言った。この女、本当に何も考えていないのか。普通、ホームレスがいたら見て見ぬふりをするだろ。俺だってそうする。
いくら金銭面で困ってなくて余裕があっても、誰かを助けるなんてありえない。しかも、いきなり襲いかかってくるかもしれない相手を助けるかフツー。
「お前、バカなのか」
「え?」
「わ、わるい」
「いえ、いいんです。普段なら絶対目に入らないし、助けたりもしないんですけど……。貴方が助けてほしそうにしていたから」
「は?」
「生きたいって、そんな目をしていたんです」
ますますワケがわからない。
俺が生きたい? そんなこと、あるわけない。
「日持ちする物もたくさん買っておきましたので。お金もほんの少しですが、どうぞ。これで明日からも頑張れますように!」
「美怜~! 何してんの~? 早くしないとクリパ始まっちゃうよー!!」
「未来、置いてかないでー! お礼はいりませんから。私は美怜っていいます。九条美怜。今はまだ学生なんですけど、将来は市役所に勤めたくて。人の役にたちたいんです。名前はわからないですけど、貴方も生きることを諦めちゃダメですよ!今日は暖かくて幸せなクリスマスにしましょ! メリークリスマスです」
「メリー……クリスマス」
九条という女性はそのまま友人と姿を消した。大人びて見えたけど、まだ学生だったのか。
人の役に立ちたいから市役所に勤める? きっと九条はアルファなんだろうな。オメガである俺には出てこない選択肢だから。
俺は袋に入ったお茶を一気飲みした。身体の奥からじわじわとあたたまる。
生きることを諦めるな。明日からも頑張れるように、か。変わった人だったな。でも、貶されるより励まされるほうがずっといい。お金までもらってしまった。このお礼は必ずしよう。
俺は覚悟を決め、一歩を踏み出した。
数年が経って、俺は市役所に足を運んだ。ここらへんで市役所といったら、ここしかないから。
もちろん、九条が他の県に就職しているという可能性もあった。それに市役所に勤めているかすらわからない。けれど、九条はここにいる気がした。
「オメガが市役所に用事? ダメに決まってるだろ。さっさと帰れ!」
「っ……!」
「うわ、汚ぇ! オメガ菌がついた!!」
入り口で門前払い。殴られ蹴られの暴行。その挙句、俺をバイ菌扱い。ひどすぎる。
九条にお礼を言いに来たのに、ただそれだけでも許されない。俺がオメガという理由で。
九条に出会って多少なりとも、俺の生活は変化したが、それでもオメガというレッテルは嫌でも付きまとう。
このままじゃ、九条に見てもらえない。お礼も言えない。だったら、もういい。九条に出会えない世界なら、こんな世界必要ない。
……俺が変えてやる。人を操るのは得意だし。今までずっと我慢してきた。けど、もう我慢の限界だ。
こうして俺はアルファ研究所に忍び込んだ。そのあとは簡単だった。アルファたちに催眠術をかけ、心を操った。そうして、アルファが最底辺だと世界に広め、アルファとオメガの立場は逆転した。九条は俺によって最底辺に落とされた。
九条、キミが最下層に落ちてもなお、明日を生きたいって思う? 俺と同じ気持ちを味あわせてあげる。大丈夫だよ、心配はいらない。貴女が絶望し、命を経とうとしたとき、俺が救ってあげるから。貴女が俺を助けたときみたいに、ね。
アルファたちを下僕にしたお陰でお金にも困らなくなったし。そうだ、キミは俺を助けてくれたし、俺はその倍を返してあげよう。綺麗な服だって買ってあげるし、美味しい食事、レストランだって連れて行ってあげる。
キミに苦労はさせない。次に会った時、キミはどんな顔をするだろう? 覚えていなくてもいい。その時はまた『はじめまして』だね。
だけど、置かれてる立場が違うから、きっとキミには俺がさぞかしかっこいい王子様に見えることだろう。俺にとって九条は運命の人。番かどうか確かめてないからわからない。けど、絶対そうに違いない。
九条……ううん、美怜。絶対にキミを離したりしない。逃がさないよ。キミは俺だけのモノなんだから。
永遠に一緒だよ。世界で一番愛してる、美怜。
『どうせ死ぬつもりなら、俺にその命を預けてみませんか?』
こうして、俺は美怜と再会を果たした。
☆☆☆
「美怜、どうしたの……? 食べないと死んじゃうよ」
「……」
あれから数ヶ月が経った。俺は美怜を逃げないようにベッドに縛り上げた。身動きが取れない彼女を介護するのも番である俺の役目だから。
最初は抵抗していたが、いつの間にか抵抗しなくなった。それどころか、最近では彼女の声を聞かなくなった。
「……」
「お人形みたいで可愛いね」
これはこれで綺麗だ。美怜とは会話をしなくても通じ合える。だって俺たちは運命で繋がっているから。言葉にしなくてもお互いの考えていることが手に取るようにわかるんだ。羨ましいだろう?
けど、どうしてだろう。少し寂しいと思うのは。もう一度、美怜の声が聞きたい。キミのとろけるような、甘い声で俺を誘ってみてよ。
「美怜が俺だけを見てくれるようになったら、結婚式を挙げよう。その時は美怜の友人も呼ぼうね?」
「……」
生きているか、死んでいるかもわからない美怜に俺は話し続けた。あ、れ? おかしいな。いつからだろう? 美怜から生気が抜けたのは。でも、大丈夫。俺が生きてる限り、美怜のお世話は出来るんだから。ねっ、そうだよね? 美怜。
「愛してるよ、美怜」
俺はそっと美怜の唇にキスを落とした。
『運命の番』
それは出会った瞬間、お互いを求め合う。出会ってしまったが最後、決して離れることはないだろう。俺にとっての運命。それはキミなんだよ、美怜……。
~~~~~
『速報です。本日、アルファ研究所の社長である漣剛士が、女性を監禁した疑いで逮捕されました。漣剛士の仕事仲間が自宅を尋ねたところ、ベッドに縛り上げられた女性を発見したそうです。容疑者は「彼女とは番だった」と何度も呟いているそうです。……女性は数ヶ月前には息をしておらず、既に死亡しているようです』
完
オメガがエリートになり、アルファが地に堕ちた世界 星空永遠 @hosizora1117
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