第8話
「これからは俺以外と連絡は禁止」
「未来が言ってたんですけど、漣さんはアルファ研究所っていうところに勤めてるって……」
最後に恐ろしい単語が聞こえたような気がしたけど、それよりも今は目の前にいる漣さんのほうが怖かった。
「そんなの、嘘に決まってる。だって、俺はカウンセラーですよ?」
「証拠はあるんですか? 働いてる社員証とかそういうの、見せてくれたり……」
「あ?」
「っ……! ご、ごめんなさい」
「怖がらせるつもりはないんだよ。君は俺だけのモノだから。怖い思いをしたんだね、よしよし」
「もう大丈夫です。漣さんが撫でてくれたので安心しました」
「そう? それなら良かった」
今は漣さんの言うことに従っておこう。本能がそう言っていた。
本当はここから今すぐにでも逃げ出さないといけない。けれど、恐怖で足がすくみ、動けない。連絡手段はなくなった。もう、助けを呼ぶことはできない。
「スマホが壊れたから次から外に出る時は、これで連絡して? 俺のサブスマホ。俺にだけにしか連絡出来ないように設定してあるから」
「はい……」
それは、つまり他の人に助けを呼ぶなということ。未来に何かされたら、たまったもんじゃない。私だけが我慢すればいいんだ。
「ほら、美怜。君の好きなハチミツ入りの紅茶だよ。これを飲んだら今日もぐっすり寝れるよ」
「ありがとうございます。漣さん」
この紅茶には何かが入ってる。毒だと、とっくに死んでいる。だから、それじゃない、なにかだ。飲むことを断れない。だって、漣さんの目は殺意で満ち溢れていたから。
私は大人しく従って飲むことにした。そして、いつものように、ぐっすり眠ってしまった。朝まで一度も目を覚ますことなく……。
☆ ☆ ☆
「……ん」
昼。目が覚めるといつもの天井だった。漣さんは朝から仕事だった。
未来が言っていたアルファ研究所っていうのはなんだろう? それに漣さんがそこに勤めていたとしたら、カウンセラーの仕事は? 私に嘘をつく理由はなに?
「漣さん、書類忘れてる……」
リビングのテーブルに大きな封筒に入った書類。大事な書類だと思った私は、封筒に書いてある番号に電話をかけた。漣さんのサブスマホで繋がるとは思えない。昨日、繋がらないって言ってたし。でも、ダメ元でかけてみよう。
プルプルプル。
『はい』
「も、もしもし。漣剛士さんという方に代わっていただけないでしょうか」
普通に電話は使える。だとしたら、また私は漣さんに嘘をつかれていたことになる。なんで、自分以外にしかかけられないなんてウソを? 逃げられなくするため?
「〇〇病院で働いていると聞いたのですが……」
『確認をとったのですが、〇〇病院の医師の中に漣剛士という人物はいません』
「そう、ですか。ありがとうございました」
私は電話を切った。未来の言う通りだった。漣さんは病院で働いてなんかいない。
じゃあ、この書類はなんのために? カモフラージュだとしたら納得がいく。私は今まで〇〇病院で働いていると聞いていたから。ううん、そういう風に思い込まされていた。
怖いけれど、今日こそは聞くんだ。漣さんの正体について。私をなんの目的でここに置くのかを。返答次第では私は漣さんを嫌いになってしまうかもしれない。
「漣さん。貴方は一体何者なんですか?」
「俺は仕事から帰ってきたばかりですよ」
「今日、漣さんが働いてる病院に電話したんです」
「……!」
「漣さん以外にも繋がった。……電話は誰にでも繋がるんですね? それに、漣さんは病院では働いていない。どうして私に嘘をつくんですか!」
「君が欲しいからだよ。は、あははははは!」
「!?」
漣さんは頭のネジが壊れたように笑い出す。
「ここまでバレたら仕方ないね。そうだよ、俺はカウンセラーなんかしていない。アルファ研究所で働いて、アルファを下僕にしてる」
「なんで、そんなこと……!」
「アルファが憎いからさ」
「……っ!!」
その瞳は狂気じみていた。これは嘘じゃない。心からの言葉だ。
「不思議に思わなかったのかい?ここ一~二年で世界が大きく変わるなんて。オメガが神に願ったくらいで世界が変わるなら、最初からそうなってる。俺がしたのさ。アルファ研究所に侵入して、彼らの記憶を俺の得意な心理学で操り、アルファは最下層の者だと広めさせた。そうしたらさ、世界は簡単に変わってくれた!」
「……」
言葉が出なかった。今まで疑問に思っていたことがすべて解決する。だけど、それは聞きたくなかった真実。漣さんの本性が嫌でもわかってしまうから。
「アルファが憎いなら、どうして私を抱いたりしたんですか!?」
それがどうしても許せなかった。アルファオメガ関係なく仲良くなりたいという、彼の言葉は嘘だったの……? 漣さんの言葉には偽りしかないの?
「君のためだよ、美怜」
「私の……ため?」
「俺が君に惚れてるのは本当だよ。だから、君を最底辺に落とした。人は絶望し、どん底に落ちたとき、誰かに優しく手を差し伸べられたら惚れる。そんなの、心理学では常識だろう?」
「それだけのために世界を変えたっていうんですか!?」
「そうだよ。俺は一人の愛する女性のために世界を変えた。自分が怪我をするかもしれないのにさ。危険を犯してまで、アルファ研究所に忍び込んだ。むしろ褒めてほしいくらいだね」
「そん、な……」
「元の世界なら俺は最下層だし、君には見向きもされない。けれど、立場が逆転したらどうだろう? そうすれば君は俺を頼るだろう?」
「もう聞きたくない……っ!」
聞けば聞くほど、漣さんのしたかったことは私利私欲に溢れていて、身勝手な欲望。私と出会うためだけに世界を変えて、私は最底辺に落とされ、差別され、好きでもないケモノたちに襲われたっていうの?
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