翌朝。起きて高校の制服に着替えてからリビングに行くと、今日もいつものようにニュースが流れていた。定位置の椅子に座りながら何気なくテレビを見た瞬間、私は凍りついた。画面に映っていたのが昨日空き缶をぶつけた白木さんだったから。
『次のニュースです。今朝未明、新宿駅の南口で通り魔事件がありました。死者は現段階で十人を超えており、負傷者は三十人以上いるものとみられています。通勤ラッシュと重なったことが被害者の増加に繋がったと思われます。容疑者は住所不定無職の
「嘘……」
テレビ画面に釘付けになっていると、ふと昨日の白木さんの声がよみがえった。
『どうした? これから? まあ予定はねえけど。……ミキがそれでいいなら、これから行くわ。なにかほしいモンとかあるか? 分かった。じゃあな』
親しげに呼んでいた名前はミキ。一緒に死んだという女性の名前も同じ
「ミクちゃんどうしたの? そんなにあんぐりお口開けて」
ご飯をよそいながら微笑むお母さん。素直に話していいものか悩んだけど、何度見てもアナウンサーの背後に写っている写真の人物は昨日夜景が見える丘で話した白木さんだ。前日の行動も捜査するって言ってたから、そう遠くない内に私に連絡が来る可能性もある。そうなってから話すよりも今ここで明かしておいた方が混乱は最小限で済むだろう。私は席に着いてから、「お父さんお母さん、大事な話があるの」と口火を切った。
「どうしたの? そんなに改まって」
「昨日のことなら悪かった」
私がまだ怒ってると思ったのかお父さんが謝ってくれたけど、「そうじゃないの」と首を横に振る。
「昨日ね、家を飛びだしてから私ある人としばらく話してたの。それで進路のことで相談に乗ってもらったりした。優しくて穏やかな人だった。少なくとも、こんな通り魔事件を起こすような人には見えなかった」
「え? ミクちゃん、それって」
「うん。昨日会ったのは白木さんなんだよ」
私が答えを言うとお母さんは口元を手で覆って言葉をなくし、お父さんは読んでいた新聞を床に落とした。そんな二人を見ながら、私は頭の中で昨日の白木さんから聞いた話を思い返した。
『とりあえず目についたモンを壊す』
『特に決めてはねえ。その時によりけりだな。拳の時もあるし、道具使う時もある』
『ストレス発散にはそれが一番いい。バレたり人に見られたりしなければ咎められることもない』
もしかしたら、この時白木さんが言っていた壊す物の対象には人間も入っていたのかもしれない。その可能性に思い至った途端、背筋が薄ら寒くなった。もし私の予想が当たっていた場合、白木さんはこの時堂々と過去に色々な罪を重ねていると自白したようなものだ。私が冗談めかして言った「悪い人ですね」に対して、「ああ、そうだな」と肯定した時の表情は今でも
『高校に上がってすぐに親戚ん家が火事になってからは、ダチの家に泊まったり公園の遊具ん中で寝たり色々だった。一番多かったのは、声かけてきた女の家に泊まることだな。抱けば金を請求されることもなかったし』
『その火事で怪我人はいなかったんですか?』
『俺以外みんな死んだよ』
『……それは大変でしたね』
『意外とそうでもなかったよ』
自分以外がみんな死んだと言っていた火事の話でも、白木さんに苦しそうな様子は見受けられなかった。それはひょっとして、自然に起きた火事ではなくニュースで言っていた放火だったから? 殺そうという明確な悪意を持って火を放ったのだとしたら? 考えれば考えるほどに白木さんの輪郭がぼやけていく。現段階ではどれも単なる私の憶測に過ぎないけれど、考えすぎだと笑い飛ばせるほど無関係というわけでもない。過去の余罪を堂々と告白した上で自分は悪人だと認めていた白木さん。将来のことで前を向けるような力強い言葉をくれた白木さん。一体どっちが本当の彼の顔だったのだろう? でも問題はそこじゃない。私は昨日道端で偶然白木さんに会った後、互いに身の上話をして今もこうして生きているわけだけど、どこかで機嫌を損ねたりしていたとしたら今頃殺されて死体になっていたかもしれない。会った直後に思った知らない人について行ってそのまま、という未来も大いにあり得たのだ。
「夕暮れは魔の者が闊歩しだす時間帯だから、決して一人で出歩いてはいけないよ」
黄昏時。私が出会ったのは、明日の通り魔でした。
明日の魔者【完】 夜市 @Yoichi_922kami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます