10:本棚ケーキ
薄暗い、けっこう急な階段を慎重に下りていく。荷物を担いでいるし、ここで転倒して怪我でもしたら洒落にならない。って良く見たら壁に手すりがある……また妙なというか、丁寧なと思いつつがっちり握って引き続き下りて行った。
やがて、灯りが見えてきたかな、と思ったらダンジョンの2階に到着していた。
2階に立った私は、ちょっと驚いた。1階とかなり雰囲気が違う。
本の詰まった本棚がずっと続いているのは変わらないけど、天井がずっと高く、その天井が柔らかに青く光っている。相変わらず薄暗いけど、周囲はぼんやりと青っぽい。
なんで天井が青いのかはわからないけど、妙な照明の代わりに暖房を入れてくれ。青色のおかげで更に空気がひんやり冷たいような感じがする……。
見上げると、天井が高くなった分本棚も背が高くなっているけど、本棚のあちこちに本の無い場所がある。
それはさておき、私はその場で立ち尽くして困ってしまった。
通路が左右に分かれているのだ。
しかしまず「迷宮案内処」を探さないと……どっちに行けばいいんだろ。また長く歩くことになると辛いしなあ、と本棚の隙間から明かりが漏れていないか見回していた私は、右手の通路の少し向こうに何かが置かれているのに気づいた。
なんと立て看板である。カフェやレストランの店頭にメニューなどを書いてある奴。もしや食事処とか? よし行ってみるか。
方角を良く確認してから、そろそろと立て看板に近づいてみると、ちょっとカクカクした文字で【本棚ケーキとコーヒーのみせ】と書かれているではないか。
カフェというか喫茶店?? 歩き疲れている私にケーキは魅力的である。本棚ケーキか。どんな味か試してやろうじゃないの。すぐ横の本棚の隙間を覗いてみると、カーテンのような布が下げられていて中は見えない。
ナップザックを背中から下ろして、ずりずり引きずって本棚の隙間に入り、恐る恐る布をめくった私はびっくりした。
中は「ザ・喫茶店」という雰囲気で、つやつや光る木の板の壁、重厚な赤色の布張りの椅子と重そうなテーブルが幾つか置かれている。結構広くて本棚の裏とは思えない。
何より天井には大きなシャンデリアがあって、店内は暖かな灯りに照らされ、今までで一番明るい。正直、薄暗い場所ばかりで目が疲れるなと思っていたのでこの明るさが嬉しい。
「いらっしゃいませ」
突然声をかけられ、驚いてそちらを見ると、巨大な白いウサギが店内の奥に立っている。きっちりと濃い茶色のエプロンを身に着けている。
一瞬、失礼な司書ウサギを思い出して緊張したけど、こちらは何というか普通の表情である。
私は気にしないようにして、近くの椅子に座った。おお、ふかふかして座り心地が良いではないの。嬉しい。テーブルの上には何も置かれていない。メニューは無いようだ。
「えーと、表の看板にあった本棚ケーキとコーヒーのセットをお願いします」
「かしこまりました」
「あの、他に何か、頼める物はありますか?」
「いえ、当店は本棚ケーキとコーヒーの店です」
「あーそうですか。ではそれでお願いします」
「はい、しばらくお待ちください」
ウサギは背中を向けると、出入り口らしい所をくぐって姿を消した。あの向こうが厨房なのかな……。
店内は一切飾りが無くて音楽なども流れていない。上品なクラシック音楽が似合う雰囲気なのに。
あーしかしくつろぐなーと椅子にもたれてぼんやりシャンデリアを眺めていると、なんだか眠くなってきた。いかんいかん、と頭を振る。と、通路の方から何やら物音が聞こえてきた。
大勢の人間が行進しているような、ドスンドスン、と地響きを感じるぐらい大きな足音が響き、店の前を通るとしばらくして消えた。まさか変なモンスターでも出るのだろうか、と思わず腰を浮かせそうになっていると、ウサギの声がした。
「驚かせて申し訳ありません。同僚たちが移動しているだけですので、心配は御無用です」
テーブルの側に、手にお盆を持ったウサギが立っている。ウサギたちの集団移動か、ああびっくりした。
「お待たせしました、本棚ケーキとコーヒーです」
ウサギが、丁重にテーブルの上にケーキ皿と大ぶりのマグカップを置いてくれる。
白い皿の上には、意外にもミルクレープが。かなり大きい。白いマグカップに注がれたコーヒーからは湯気と共に良い匂いがしてくる。
添えられたフォークでいそいそと食べてみたミルクレープ、生地がしっとり、クリームがしっかり甘くて実に美味しい。私は、甘さ控え目は好みではないのだ。
コーヒーはミルクも砂糖も置かれなかったので、まあいいかとブラックで飲んでみたら、かなり濃いけどちゃんと薫り高いコーヒーである。素晴らしい。
ミルクレープのどこが本棚なんだろう……確か「1000枚のクレープ」だから1000冊の本という意味かなーと思いつつ、夢中で食べ終わり大満足する。うーんダンジョンでこんな美味しいケーキに出会えるとは。
思わず店の奥に立ってこちらを見ているウサギに声をかける。
「とても美味しかったです!」
ウサギは少しだけ頭を下げた。妙に優雅な動作だ。
「ありがとうございます」
このウサギが作ったのかな、他にケーキ職人がいるのかな。それはともかく、さて甘味で元気も出たし、熱いコーヒーで体も温もった。そろそろ出発するか。もうちょっとのんびりしたいけど、座っていると居眠りしそうだ。
「お幾らですか?」
ポケットのレプリカ金貨を探りながら尋ねると、ウサギはちょっと首をひねった。
「ああ……お代ですか……そうですね金貨1枚でお願いします」
安すぎる!と思ったけど、色々言っても困惑させそうなので、金貨1枚をテーブルの上に置く。また食べに来ようっと。私はウサギに尋ねた。
「あの、この階の迷宮案内処はどの辺にあるかわかりますか?」
ウサギは無表情に見える表情で答えた。
「申し訳ありません。ダンジョン内の配置は私にはわかりません。ですが一本道ですから迷う事は無いと思います」
そっかー、仕方ないな。ダンジョンを歩き回っているらしい司書ウサギとは役割が違うのだろう。エプロンの色も違うし。こちらはさしずめ喫茶ウサギだな。
ウサギに元気にご馳走様を伝えて、また通路に出た私は思わず「わっ!」と声を上げてしまった。
なぜなら、右側のすぐ真横に壁が出現していたからだ。喫茶店に入る前は絶対に無かった、こんな壁。
そして、真正面の本棚の隙間に「迷宮案内処」の入り口が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます