02:ペンギンは忘れない
祖父の名前を聞いて、私は事情の一部は理解した。
「大陥没の時に、祖父が家ごと地底に落っこちて死んだという話は聞いてはいますけど。えーとそれとダンジョンに何の関係が?」
弁護士は少しだけ口をすぼめた。
「大陥没の跡地にダンジョンが幾つか出来て今は観光名所になっていますが、そのうちの一つを間宮勇様が所有していたのです」
「ダンジョンを所有?」
「ご存知でしょうが、大陥没から数年後に今度は土地が隆起してきて、穴は巨大な窪地のようになり、そこにダンジョンが複数出現しました。どれもただの洞窟のようなダンジョンです。ところが、一カ所だけ入り口に扉があるダンジョンが出現しました。木製の大きな扉で、表面にはペンギンが彫刻されています」
扉のペンギンと聞いた瞬間、記憶がどっと甦った。
木に彫られたペンギン……錨を持ったペンギンと本を持ったペンギン……!
私は思わず叫んでしまった。
「あれですか! 祖父の家の玄関にあった、でっかい木製の扉!」
「そう、それです。結局、まあ色々討議がなされ、お父上が不動産を相続する形でダンジョン所有者となり、あなた様が相続者となったのです」
「いりませんよ、そんな訳のわからない物。土地ならともかく」
「法律上は土地ですよ。念のために申し上げておきますが、遺産の一部だけを相続拒否する事は出来ません。全部相続するか、何も相続しないかです」
私はぐっと言葉に詰まった。現金と土地と家は欲しいけど、ダンジョンなんて意味不明な物はいらない。だが法律はシビアだ。弁護士はさくさくと話をまとめた。
「今日から6か月以内に、どうするか決めてください。現金などは厳重に保管されていますのでご安心を。こちらが書類や資料なので目を通しておいてください。今の時代になっても法律に関する文書は紙でなければならない決まりがありましてね……では、本日はここまでという事で。連絡はいつでもどうぞ」
何だかさっさと追い出されたような気持になりつつ、それでも私は礼を言って弁護士事務所を出ると、ふらふらと都会の雑踏の中を歩き出した。
少し前とは状況が激変したのだ。いきなり巨額……とはいかないがそれでも多額の現金!土地と家! 私はスキップでもしそうになって、はっと思い直した。以前見た、古い白黒映画では難事をこなした主人公が報酬を手にして浮かれて、結局ひどい目にあっていた。油断して事故にでもあったら洒落にならない。危ない危ない。私は書類の入ったカバンをしっかり抱え直した。
それでも少しぐらいは良い気分に浸りたかったので、ちょっと高級なカフェに入るとケーキセットを注文し、一通の封筒を取り出した。
弁護士から最後に手渡された、父親から私への手紙である。何年も会っていなくて、死んだと連絡があっても大して悲しいと思えなかった父親。でも最後は私に遺産を遺してくれた、とことん道楽者だった父親……。
少し迷ってから、慎重に封筒を開けた。
中は便箋が一枚だけで、あっさりとした文面が現れた。
『菜月へ。
遺言書はきっちりと作っておいた。金は大事に使え。弁護士費用は値切るな。
ダンジョンなんて面倒だろうがよろしく頼む。
私は終わらせる事が出来なかった。
多分私の父親のせいだ。あれは「積ん読ダンジョン」としか言いようがない。
ダンジョンの事は、新谷川氏に相談しろ。連絡先を書いておいた。
きちんとした人で信用できるので心配するな。
私の墓や法事などは全部不要だ。
向こうで美月に会って謝罪してからのんびりする事にする。
健康に気を付けて暮らしてくれ。 勇』
美月……母さんに会えても、許してくれるかどうか怪しいねと思ってから私は首をひねった。何だか意味の良くわからない内容である。
積ん読ダンジョン?
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