第30話 イレーネ、負傷する
イレーネに突き飛ばされアンジェロが倒れた直後、なにかがイレーネたちの方にまっすぐ照射さた。イレーネは能力を発動させたが、照射物はわずかに軌道を変えただけだ。避ける間もなく、照射物はイレーネ左脇腹を撃ち抜いた。焼けるような痛みに、イレーネはグッと唇を噛み締めた。そのまま体制を崩し膝をつく。ここまで一瞬のことだった。
「おい、お前何を……!やられた、大丈夫か!」
アンジェロを突き飛ばしたことをとがめようとしたエミリオが、滴る血液に気がつき焦ったようにイレーネに駆け寄った。イレーネは平気だというように手でエミリオを制すると、『アンジェロは?』とアンジェロを指差した。エミリオは舌打ちをすると、アンジェロを起こしにいった。
「いったい何が……?っ、イレーネ!」
事態を把握しきれていないようすだったアンジェロだが、イレーネが膝をついているのをみて弾かれたように立ち上がった。エミリオを振り払い、あわててイレーネに駆け寄る。イレーネは汚れてない方の手でアンジェロを制したが、アンジェロはそれを無視して、血液が付くのも構わずイレーネの傷口を押さえるようにてを当てた。衛生上よろしくないのでやめてほしいものだ。イレーネはエミリオに止めてもらおうと目で訴えた。
「アンジェロ様、お止めください、汚れてしまいます。処置なら俺が……」
「構うものか!それよりイレーネが……。いったいどうして……」
アンジェロはエミリオが止めるのも構わずイレーネに寄り添っている。アンジェロの安全を確保するため離れてほしいイレーネだったが、声をだすことができないのでされるがままになっている。出血が多く、意識は遠退いてきたが、脳内物質が多量に出ているのか、頭のなかはやけにスッキリしていた。
アンジェロの声で事態を把握した観衆たちは、イレーネを囲むように事態を見守っていた。観衆を掻き分けるように、ステージの反対側にいたフィリップがイレーネの方にやって来た。負傷したのがイレーネだと気づくと、一瞬残念そうな顔をした。やはり、事態の元凶はフィリップだったようだ。
「アンジェロ君、大丈夫かい?どうやら試作機が暴発したようで……。あぁ、お嬢さんが怪我をしたんだね。すまなかった、すぐ医者を手配しよう」
フィリップは心底アンジェロを心配しているといった表情でアンジェロに歩みよった。アンジェロはフィリップを睨み付けると、殴りかかるのではないかという勢いで立ち上がる。イレーネがアンジェロの手を引っ張り、いさめるように首を振った。アンジェロはなおフィリップに食って掛かろうとしたが、イレーネが手を離さないので諦めたのか、再びイレーネの隣に膝をついた。
「いいや、結構。彼女は我が家の医師にみせるよ。事態の詳細は後日でいいな?では、我々は失礼させてもらう、エミリオ!」
アンジェロがエミリオを呼ぶと、エミリオは即座にアンジェロの手をとり能力を発動させた。イレーネの視界が一瞬で見慣れた医務室に変わる。突然現れた3人に、医者が驚いたように駆け寄ってきた。
「アンジェロ様?いったい何が……」
「イレーネが負傷した。傷が深いようだ。すぐに処置を頼む!」
困惑したようすだった医師だが、イレーネの腹部から滴る血液を見ると、すぐに表情を引き締め応援の看護師を呼んだ。
「お前、大丈夫かよ?撃たれるなんて、なんでまた……」
「落ちなかったんだよ。ありゃ、レーザーかなんかだな」
レーザー光でも重力影響を受けるが、質量が限りなく小さいのでその影響は微々たるものだ。それでも、重力で軌道が曲がったことは幸運だった。もしまっすぐ進んでいたら、イレーネの胸を撃ち抜いていただろう。
「イレーネ、しっかりしてくれ」
寝かされたイレーネのそばに膝をつき、手を握っていたアンジェロが泣きそうな声でそういった。アンジェロ目元に光る雫をみたイレーネは、感じたことのない感覚に顔をしかめた。泣かれると面倒だと思いこそすれ、いままで誰の涙をみてもさほど心が動かなかったイレーネだったが、アンジェロに泣かれるのは心が痛んだ。なぜかはわからないが、アンジェロの泣き顔は見たくなかった。
――今、死んだらまずいな。
いつ死んでもいいと思っていたイレーネだ、そう思った直後、自分らしくもないと苦笑する。イレーネはアンジェロを安心させるように、いつもの強きな笑みを浮かべた。
「オレなら大丈夫だよ。お前お墨付きの医者だろ?なんとかしてくれるさ。なぁ?」
「えぇ。簡単には死なせませんよ!」
イレーネに処置をしながら、力強く医師がうなずいた。ホラな、とイレーネは再びアンジェロに笑ってみせた。そんなイレーネに、アンジェロはことさら泣きそうな顔をした。次目が覚めたときは泣いてないといいな、そう思いながらイレーネは意識を手放した。
『死神』と呼ばれたオレ、敵国で働く〜こっちの方が待遇いいのはなぜだろう〜 ゆず @yuzuyuzuusagi
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