第21話 挨拶周り

 パーティーが始まり、挨拶周りをするべく、イレーネはアンジェロにつれ回された。要人に会うたび、イレーネは笑顔でお辞儀をした。その後は全てアンジェロに任せればいい、とセレナには言われている。教わったとおり、イレーネはアンジェロの横で黙っていた。イレーネの家柄や婚約者となった経緯は全てアンジェロが話すが、イレーネは声が出ない設定なので誰も不振には思わない。なぜ平民と、とあからさまに好機の目を向ける人もいたが、アンジェロがイレーネを抱き寄せ、イレーネが恥じらうように目を伏せたら、それ以上は突っ込んでこなかった。


「これはこれは。アンジェロ君じゃないか!婚約者が決まったと聞いたが、本当か?」

アンジェロの背後から聞き覚えのある声がかかった。エミリオがあからさまに嫌そうな顔をする。3人が振り替えると、そこには手にワイングラスを持った男性がたっていた。いつぞや会談がお流れになった、アレックスだ。

「さすがアレックス殿、お耳が早い」

「私だけじゃないぞ。どんな令嬢に声をかけられても断っていた君がようやく婚約者を決めたと、社交界は君の噂でもちきりだ!しかも、平民だそうじゃないか。どんなレディが君の心を射止めたのか、紹介しくれないのかね?」

 アレックスは好奇心満々といった様子だ。アンジェロは苦笑すると、背後に控えていたイレーネを呼び寄せた。

「アレックス殿もご存じの人物ですよ。……イレーネ、こっちへおいで。アレックス氏だ。君も知っているね?」

 アレックスの前で、イレーネはお辞儀をして微笑んで見せた。アレックスが目を見開き、古墳したようにイレーネの手をとった。

「はじめまして、お嬢さん。お名前を聞いても?」

 イレーネは困ったように眉を下げた。そして、小さく首を降り、喉に手を当てて見せる。声が出ないアピールだ。アレックスは気の毒そうな表情をしてが、すぐに驚愕へと変化した。イレーネの正体に気がついたようだ。

「声が出ないって、まさか!彼女はあのメイドか!」

「そのとおりです。彼女は危険も省みずけなげに尽くしてくれましてね。気がついたら心奪われておりました」

「それはいい話だが、メイドと婚約するなんて、君の両親は反対しなかったのかい?」

「私は次男ですし、両親も恋愛結婚だったので、快く承諾してくれました」

 アンジェロの話をきいて、アレックスは残念そうに肩をおとした。

「そうか、残念だな。彼女ことは私も気にかけていたのだが……。レディ、アンジェロ殿に愛想をつかしたら、私のところにおいで。いい条件で雇うとしよう」

 アレックスは再びイレーネの手をとるとウィンクした。なんのことかイレーネにはよくわからなかったが、とりあえず困ったような笑みを浮かべてみせた。困ったら笑っておけばいい、とセレナがいっていたからだ。さりげなくアンジェロが前に出たので、ようやくアレックスはイレーネの手を離した。

「なんであいつ、オレに絡んでくるんだ?」

 アンジェロの背後に隠れながら、イレーネはエミリオにたずねた。前回会った時にも感じたことだが、ほとんど接点がないのにアレックスはやたらと親切にしてくる。なにか思惑でもあるのだろうか?

「たぶんあいつ、おまえに惚れてる」

「はぁ!なんで?」

「あいつ、面食いなことで有名なんだよ。おまえ、黙っていれば顔だけはいいから、愛人として囲い込みたいんじゃねーの」

 声かけられてもついていくんじゃねーぞといわれ、イレーネはだまってうなずいた。余計なトラブルには巻きこまれたくはない。


「ダニエル国王がお見えになった。イレーネ、いくぞ」

 会場の一角がにわかに騒がしくなったのも察知っして、アンジェロがそういった。アンジェロと国王は旧知の仲だ。挨拶は避けては通れない。アンジェロは人混みを掻き分けて国王の前にでた。

「ご無沙汰しております。ダニエル国王」

「アンジェロ、もう来ていたんだね。婚約者が決まったって聞いたけど」

「もうお耳にはいっていましたか。はい、こちらが婚約者のイレーネです。イレーネ、挨拶を」

 アンジェロはイレーネをエスコートすると、ダニエルの前へと促した。イレーネは頭を下げると、セレナに教わったとおりにお辞儀をした。もう数回こなしているので慣れたものだ。

「素敵なレディだね。君にぴったりだ」

『同一人物とは思えなかったよ。すごい変身っぷりだね』

 ダニエルはイレーネの手をとり口付けると、イレーネにだけ聞こえるようにそういった。イレーネも微笑みで答える。ダニエルは楽しそうに笑って手を話すと、アンジェロにも微笑みかけた。

「今回は邪魔されずに、君と話せそうだ。前回は君を令嬢たちにとられてしまったからね」

 ダニエルとアンジェロが和やかに話をしている間、イレーネはアンジェロの少し後ろにたたずんでいた。側にエミリオがいないことに気がつき周囲を見渡すと、集団から少し離れたところにエミリオがたっていた。令嬢たちに囲まれて、少し疲れたような顔をしている。イレーネと目があうと、『アンジェ様を頼んだ』と声に出さずに伝えてきた。イレーネは無言でうなずく。国王の手前、あからさまにエミリオが護衛につくことはできない。今なにかあったら、すぐに動けるのはイレーネだけなのだ。

 ――なにもない、わけはないだろうな。

 前回のパーティーでもちょっとした事件がおきたと聞いている。イレーネは警戒を強めつつも、『場に慣れていない婚約者』を演じることに終始した。

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