第20話 建国記念パーティー
国王との面会からはや一ヶ月、建国記念パーティー当日を迎えた。午前中にマナー講座・午後にダンスレッスンと、この日までイレーネは大変な毎日を送っていた。何度か投げ出したくなることもあったが、なんとか食らいついた。そのかいあって、最終日にはセレナもエミリオも及第点を出してくれた。
「荒は目立つけど、俺の足、踏まなくなったし、なんとかなるんじゃねぇか」
「平民出身という設定ですし、かえって自然かもしれません。始めはどうなることかと思いましたが……、よく頑張りましたね、イレーネ様」
イレーネはうなだれたまピースサインをだした。この一ヶ月、本当に大変だった。レッスンは終わったが、本番はこれからだ。気合いを入れねばならない。
「では、エミリオ様。これから準備がありますので、私たちは失礼させていただきます。イレーネ様、行きますよ」
「じゃあ、あとでな、エミリオ」
身支度を整えるため、イレーネとセレナは隣の部屋へと移動した。部屋には立派なドレッサーが置かれており、化粧品と思われる小物がいくつも乗っていた。部屋のすみには真っ赤なドレスが用意されている。イレーネはセレナに手伝われてドレスを着ると、ドレッサーの前に座った。
「化粧、いつものじゃだめなのか?」
「パーティーなんですから、腕によりをかけないと。大丈夫、立派な令嬢に仕上げて差し上げます」
そういってセレナはイレーネに化粧をし始めた。いつもと違い、なんだかキラキラした粉をやたらとかけられる。何をしているのかイレーネにはわからなかったが、セレナを信じておとなしくしていた。1時間ほどして、セレナが鏡を見るように指示をだした。イレーネが鏡をみると、見たことがない令嬢
がこちらを覗いていた。髪型までセットアップされており、いつもひとつに束ねている長い髪は、高い位置で丸められていた。
「……スゲーな。別人じゃねーか」
「ふふっ、綺麗ですよ、イレーネ様。これならアンジェロ様の隣に立っても違和感がないでしょう。さ、皆様にみせてきなさい。さぞ驚くでしょうね」
「あぁ、イレーネ。準備は済んだ……」
「……まじかよ」
隣の部屋には準備を済ませたアンジェロも待機したいた。セレナに連れられ部屋に入ってきたイレーネをみて、アンジェロとエミリオは言葉を失った。アンジェロはこちらを振り向いた格好のまま顔を赤くして固まっているし、エミリオは愕然としたまま『女って怖い』と呟いている。
「なんか感想はねーのかよ。感想は」
「いや、すまない。想像していたよりも、その、綺麗だったから、驚いてしまって……」
「もはや別人ですよ。これ、いつものメイドだって気づく奴いないんじゃないですか?」
硬直から帰ってきたアンジェロはイレーネから視線をそらせながらも、チラチラとイレーネを見ている。エミリオはガン見だ。そんな2人の様子に、セレナが満足そうにうなずいている。
「ほら、そろそろ行かねーと」
だんだん恥ずかしくなってきたイレーネは、アンジェロの手をとった。アンジェロは顔を赤らめたまま、イレーネをエスコートする。その後ろを心配そうにエミリオがついてきた。
会場には既に多くの人が押し寄せていた。パートナーを連れている人ばかりではなく、1人で参加している人も多くいる。この場は婚約者のお披露目とい卯だけでなく、未婚者が婚約者を見つける場でもある、とアンジェロはいっていた。いく先々の令嬢たちがアンジェロに話しかけようとして、イレーネに気づき残念そうな顔で離れてく。その際、刺すような視線をイレーネに向けるので、イレーネは居心地が悪くてしょうがなかった。
「前回は令嬢方に囲まれていましたが……、人払いの効果は抜群なようですね」
「そうだな。煩わしくなくてありがたい」
去年は令嬢の相手をするだけで終わってしまった、とアンジェロが呟いている。俺も楽ができてうれしいです、とエミリオは楽しそうだ。
「視線がいたいんだけど」
イレーネは堪らず、小声でエミリオに訴えた。エミリオは意地悪そうな笑みを浮かべると、イレーネを脅すようなことをいう。
「アンジェロ様は人気だかんな。ぱっと出の平民に婚約者の座をとられて悔しいんだろう。そのうち、裏に連れてかれたりして」
「怖いこというなよ。オレ、令嬢のあしらいかたなんてわかんねー」
イレーネはぶるりと肩を震わした。以前雇用主から、令嬢間トラブルについて愚痴を聞いたことがある。女同士だからと侮ることなかれ、結構手が出ることも多いのだとか。イレーネは口でならいくら罵られてもスルーできるが、手を出されると反射的に攻撃しそうで怖いのだ。
「大丈夫、私がいれば、令嬢方も君に手出しはするまい。離れるなよ」
アンジェロはイレーネを引き寄せると、怯える婚約者に微笑んでみせた。さっきまであんなに恥ずかしそうにしていたのに、すごい演技力だ。令嬢からの視線が一段と強くなった。
「で、怪しい奴はいるか?」
始めてのパーティーに不安を隠せない雇用主の婚約者を気遣うように見せかけながら、エミリオがイレーネにたずねた。イレーネは、忘れるところだった、と周囲を観察する。今回、イレーネをパートナーに選んだのは、アンジェロの安全確保もかねているのだ。
「武器を持った奴が何人か。あと、隣の部屋に兵士がいるのが気になるな。どうする?」
イレーネはエミリオの反応をうかがう。貴族パーティーの常識などイレーネにはわからないのだから、こういった場面に慣れているエミリオに判断を任せた方がいいだろう。
「これだけ貴族が集まってんだ。護衛が紛れているのは普通だな。それに、なにかあったときのために兵士が控えるのもよくあることだ。でも、一応警戒しとけ」
耳元でそうささやかれたイレーネは、『了解』の意味を込めてにっこり微笑んでやった。近距離イレーネに微笑まれたエミリオは、照れたように顔を赤くする。思いがけない反応に、イレーネは笑みを深めた。イレーネの反応が気にさわったのか、見えない角度でエミリオがイレーネの足を踏んづけた。
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