第18話 特別任務

「絶対、パートナーを連れてくるんだよ」

 と言い残して、バレホルム国王は去っていった。残されたアンジェロとイレーネの間に沈黙が降りる。しばらくだまって佇んでいたイレーネだったが、沈黙に耐えられず口を開いた。

「思っていたよりもずっと若い国王なんだな。あんたが教育係だってきいてたから、もっと年上だと思ってたよ」

「ダニエル国王は優秀でいらっしゃるからな。10歳の時には、卒業レベルまで到達された。同世代では適任がいなくて、年を離れた私が教育係になったんだ」

 硬直から帰ってきたアンジェロだが、まだ衝撃が抜けないのか遠い目をしている。たかがパーティーの同行者を決めるだけなのに、そんなに悩むことはあるのだろうか?


「しかし、あのお方も困ったものだ。パートナーを連れてこい、などとは……」

「適当に選べばいいんじゃねぇか。あんたほどの役職だと、引く手あまただろ?」

「そう簡単な問題ではないんだ。貴族社会において、パーティーに同伴させるということは婚約者だといっているようなものだからな。下手にパートナーを選ぶと、困ったことになりかねない」

「でもさ、あんたもいい年だろ。婚約者を決めろ、とかつつかれないのかよ?」

 たしか、貴族社会では早くに婚約者が決まるものだったはずだ。先日イレーネが引率した学生たちでさえ、大半は婚約者が決まっていた。アンジェロの年頃だと、結婚していてもおかしくないはずだ。

「周囲には早く結婚しろといわれるんだが、両親には『妥協せず、愛する人を見つけなさい』と言われている。両親は貴族社会では珍しく恋愛結婚でな。長男でないのもあって、身分など気にせず好きな人と結婚してほしい、と」

「へえ、いい両親だな」

 イレーネに恋心などわからないが、令嬢たちの間で恋愛小説が流行っているのは知っていた。家の結びつきを重視して婚約者が決められる貴族令嬢にとっては、きっと恋愛は憧れなのだろう。

「とはいえ、国王のご要望となれば、無碍にはできない。どうしたものか……」

 アンジェロはしばらく悩むように視線を彷徨わせていたが、やがて決心したのかイレーネをみた。


「イレーネ、君はパーティーの経験は?」

「貴族の、だろ?護衛としては何度か」

「ダンスの経験はないよな?」

「そういうのはさっぱり……、って、まさかオレに出ろっていうんじゃねーよな?」

 鈍いイレーネでも、ここまで言われればアンジェロが言わんとしていることは察しがつく。さっき国王に提案された通り、イレーネを連れていくつもりなのだろう。しかし、貴族令嬢の振りをするなんて、さすがのイレーネにも難しい。なにより、イレーネはメイドとして一部の高官に顔がバレている。すぐに気付かれてしまうだろう。

「そのまさか、だ。お飾りの婚約者を選ぶにしても、私は狙われている身だから、パートナーの安全が保証できない。いくらお飾りといっても、ケガでもされるとトラブルになってしまうだろう」

 だから君にしか頼めないのだ、とアンジェロはいった。世話になっている身だ、できれば力になりたいところだが、さすがに無理があるのではないだろうか?

「ダンス、はなんとかなるとしても、オレ、顔が割れてるからさすがにきついんじゃねえか?」

「かわいそうなメイドを雇っているうちに情がわいた、という設定でいく。もともと高官の連中には変わり者だと思われているし、両親も平民と婚約することを認めている。面白がられはしても、怪しまれはしないだろう」

「メイドの設定ならしゃべらなくていいし、まぁ、バレないかもな」

「君が嫌なら無理強いはしたくないのだが……。他に伝がないんだ。力をかしてほしい」

 アンジェロはイレーネに頭を下げた。雇用主に頭を下げられ、イレーネは困惑する。雇い主なのだから、命令すれば済む話なに、アンジェロはイレーネの意思を尊重しようとしている。

 ――なんか、ジジイと話してるみたいだな。

 アンジェロの態度から、イレーネはオスカーの姿を連想した。どんな些細なことでも、オスカーは必ずイレーネの意思を確認していた。そして、イレーネが嫌だといえば決して無理強いはしなかったのだ。こんなに真摯に頼まれて断るほどイレーネは冷酷ではない。そもそも、無理があるのでは、と思っていただけで提案には乗り気だったのだ。

「わかったから、顔をあげてくれ。……失敗しても怒るなよ」

「もちろんだ。感謝する!」

 アンジェロは心底ほっとした、という表情でイレーネの手を握った。

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