第17話 バレホルムの少年国王
数日後、国王との面会日がやってきた。時間になったらアンジェロが迎えにくることとなっているので、イレーネは普段通り自室にいる。化粧は必要ないとのことだったので、イレーネは素顔のままだ。服装もメイド服ではなくシャツにズボンと動きやすい服装だった。国王に会うのに、こんな軽装でいいのかと心配になるが、相手が良いといっているのだから問題ないのだろう。イレーネは落ち着かない様子でベッドに腰かけていた。普段であれば読書をして過ごすのだが、さすがに今日は緊張して集中できない。イレーネが本を開いたり閉じたりしていると、部屋の扉がノックされた。
「イレーネ、私だ。入っていいか?」
「あぁ。準備はできてるぜ」
扉が開き、アンジェロが入ってくる。アンジェロはスーツ姿だったが、いつもとは違う格好だ。それがカジュアルなものなのか、よりフォーマルなものなのか、イレーネには判断がつかない。とはいえ、一緒にいるとよりイレーネが浮いて見えるのは明白だった。
「なぁ、オレ、本当にこんな格好でいいの?」
「素の君が見たいとのことだから、問題ないだろう。では、行くとしようか」
アンジェロに促され、2人は連れだって部屋を後にした。
面会はアンジェロの応接室で行われることになっていた。本来はイレーネたちが赴くべきだが、素の状態のイレーネを移動させることはできないため、特別に国王自らアンジェロのもとを訪れることになったのだ。
「あんたと国王ってどんな関係なんだ?なんか、知り合いっぽいけど」
「そういえば話していなかったな。私は国王の教育係、いわゆるご学友といった関係だったんだ」
「まじかよ。そういうのって、もっと有力な貴族がなるものじゃねーの?たしかあんた、下級貴族っていってたよな?」
政治的なことには詳しくないが、イレーネにもアンジェロが教育係に抜擢されることが異例だということは想像がついた。
「本当はその予定だったんだが、成績の関係で私に話が回ってきたんだ。これでも学生時代は首席でな。それに下級とはいえ『貴族』という条件は満たしていた」
「それで、おいしい地位にありつけなかった他の上級貴族に恨まれているわけだ」
「そうだな。しかもそれ以来、国王からの覚えがよくて今の地位につけた、というわけだ。面白くないと思っている奴らも多いのだろう」
「あんたも大変なんだな」
「そうでもないさ。……しっ、国王が到着されたようだ。膝をついて頭を下げろ。声がかかるまで頭をあげないように。そこから先は自由にしてもらった構わない。いいな?」
ノックの音が聞こえ、アンジェロがイレーネに指示を出す。イレーネは指示通り膝をつき頭を下げて来訪者を待った。
「こんにちは、君が『死神』だね。……あっ、顔をあげて。楽にしていいよ」
頭上から声がかかる。その声はイレーネが想像していたよりもずっと幼いものだった。イレーネが顔をあげると、正面に豪華絢爛な服をきた男が座っている。隣にはスーツを着た老齢の男性がたっていた。声のトーンから考えるに、正面の男が国王なのだろう。
――なんだ、子供じゃねーか!
アンジェロが教育係だったということは、国王も若い人物だろうとは思っていた。しかし、正面の男はイレーネの予想よりずっと若いのだ。エミリオと同じくらいだろうか?イレーネの目には少年としか写らない。
「ご無沙汰しております。ダニエル国王」
「久しぶりだね、アンジェロ。『死神』の処遇を相談して以来だから、3ヶ月ぶりくらいかな?」
うやうやしく挨拶するアンジェロに、ダニエルはにこやかに笑みを返した。ダニエルは視線をイレーネへと移すと、にっこり微笑んだ。
「君のことはアンジェロから聞いているよ。すごい戦いっぷりだったそうだね。アンジェロが出向いたのに、あそこまでの損害を出すなんて、僕も驚いたんだ」
「ほぼ八つ当たりだったし、悪かったと思ってる」
イレーネがばつが悪そうにそういうと、控えている男性が顔をしかめた。『国王に無礼な口をきくな』といったところか。それでも口を出さないところをみると、ダニエルが許可しているのだろう。
「謝らなくていい。戦場じゃあ仕方ないことだからね。それよりも、銃口向けられたのに笑ってたって本当なの?」
イレーネの謝罪を軽くいなすと、ダニエルは興味深々といった様子でそうたずねた。そんなことまで聞いているなんて、アンジェロはなんて話したのだろうか?
「自覚はないんだがな。そうだったらしい」
「へー。肝が座ってるんだね。かっこいいや」
楽しそうな様子のダニエルに、イレーネは戸惑いを隠せない。話している態度は普通の少年そのものだが、イレーネはオーラのようなものを感じていた。なぜかはわからなが、イレーネの直感がダニエルはただ者ではないと告げている。印象と直感の間に差がありすぎて、イレーネは混乱した。
「今はアンジェロのところで働いているんだよね?どう?」
「国にいた時よりも快適で驚いてる」
「そうか、ムルールじゃあ『能力者』差別が激しいんだったね。ここでも差別はあるけど、アンジェロはそういうの気にしないタイプだから」
ちなみに僕も気にしないよ、とダニエルはいう。 控えている男性が深くため息をついた。国王はそう思っていても、周りはそうではないようだ。
「アンジェロが君のことを気に入っているようで、僕も興味が湧いたんだ。アンジェロって案外人嫌いなんだよ。そんな彼が気に入ったということは、きっと面白いとおもってね」
「そんな、面白いことはねーとおもうがな」
「そんなことないよ。普通の人は自国を捨てて敵国で働かないでしょ。ねぇイレーネ、君、本当に国に未練はないの?」
「帰れるなら帰りたいとは思うが、別段に執着はねーな。生まれたところがたまたまムルール嶺だったってだけだし」
ふーん、とダニエルは相づちをうってはいるが、どうにもわからない、といった表情をしている。国のトップに君臨しているダニエルと、国から見捨てられたイレーネでは立場が全然違うのだ。理解しろ、という方が無理だろう。
「そっか。それでね。アンジェロは君のこと気に入っているだろう?君はアンジェロのことをどう思っているんだい?」
ダニエルの発言に、それまでだまって聞いていたアンジェロが顔をしかめた。イレーネはそれを気にせず考えを巡らせる。それまで深く考えたことはなかったが、自分はアンジェロをどう評価しているのだろうか?
「うーん、そうだな。いい上司、だと思ってるかな。指示は的確だし、ちゃんと評価してくれるし、いうことなしだな。あと、こんな考え柔軟なやつ、身近にいなかったから、一緒にいて退屈しない」
イレーネは上司としての有能さだけでなく、アンジェロの人間性にも興味を持っていた。『能力者』を差別しないのに、一方で兵士やメイドの犠牲は厭わない、潔白な人物なのかそうでないのかよくわからないところが面白い。 イレーネの返事に、ダニエルは意味深な笑みを浮かべた。
「そうなんだ。じゃあ、進展はなそうだね」
「進展?」
「あぁ。こっちの話だから気にしないで」
ダニエルはそういうと、時間を確かめた。国王は忙しいのだ、面会できる時間は長くはない。
「そろそろ時間だね。……あぁ、そうだ、アンジェロ。もうすぐ建国記念日のパーティーが開催されるのを知ってるよね?パートナーは見つかった?」
「いいえ。まだ。今回も私だけで参加するつもりです」
「そんなことだと、また色々な令嬢に言い寄られるよ。せっかく君と気兼ねなく話せるチャンスなのに、君が令嬢にとられたら迷惑だよ。パートナーがいればそんなこともないのだから、お飾りでもパートナーを選ぶといい」
ダニエルにそう詰め寄られ、アンジェロは戸惑うように視線をさ迷わせた。
「そうはいっても、私も安全な身ではありません。令嬢を危険な目に会わせる訳には……」
「つまり、自分の身は自分で守れて、あわよくば君の身も守れる、そんな女性いればいいんでしょ?」
ダニエルはにやにやと、楽しそうというよりはいたずらを考え付いた子供のような表情でそういった。アンジェロも否定できないのか、曖昧にうなずいている。
「まぁ、そういうことになりますね。しかし、そんな女性は……」
「いるじゃない。僕の目の前に」
そういってダニエルはイレーネを指差した。
――オレ?
突然の事態に、自分には関係なさそうだと話を聞き流していたイレーネは固まった。
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