第16話 国王からの誘い
暗殺未遂事件から2か月。アンジェロが移動するたびに爆発物が仕掛けられている以外は平和な時間が流れていた。会う人物は毎回違うのに、なぜかほぼ毎回爆発が付きまとうなぜかはわからないが、アンジェロは相当恨まれているようだ。
「今回も助かったよ」
「別にいーんだけどよ、こんな毎回爆発してて大丈夫なのか?今回も会談流れたぞ」
この日もいつも通り部屋が爆発し、予定されていた会談はお流れになった。イレーネが仕事を始めてからというもの、予定通り会談が行われたのは1回っきりだ。
「大抵の会談は飾りだから問題ない。爆発だって、命を狙うというよりいやがらせに近いしな」
「本当に必要な会議んときは、なぜか何も起こらないんだ。みんな、わかってやってる」
「はー。律儀なこったな」
一応、重要な会談のときは何もしない、と暗黙の了解があるのだろう。今回爆発したということは、この会談も別に必要ないものだったのかもしれない。
「毎回無傷っつーのも不自然だし、今度はケガくらいしてやろーか?」
ここまで毎回、奇跡的に無傷、という設定で押し通しているイレーネだったが、ここまで幸運が続くのも不自然だろうとアンジェロに提案してみた。今まで被害にあったメイドたちも数週間で回復してきたそうだから、イレーネの回復力なら数日で治るだろう。ガラスを拭きながら横目でアンジェロをみると、すごく不機嫌そうな顔をしていた。意外なことに、エミリオも同じ表情だ。なにか変なことをいっただろうか、とイレーネは不安になる。
「いや、いままで通りでかまわない。避けられる問題なら避けたほうがいいだろう」
「アンジェロ様は優しいからな。お前でも、ケガすると気にするんだよ」
いわなくてもそれくらい判れ、とエミリオに叱られてしまった。イレーネは気をまわしたつもりだったが、余計なお世話だったようだ。悪かったな、と一応謝り、イレーネは掃除を再開する。
「そうそう、イレーネ。君に会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい?オレのことは秘密なんじゃねーの?」
アンジェロは今までも、メイドとしてのイレーネは観衆の目にさらしてきた。今回わざわざ『会わせたい』と表現するということは、イレーネをメイドとしてではなく『死神』として紹介したい、ということだろう。『死神』は死んだということになっているこの国でそんなことして大丈夫だろうか?といっても、アンジェロは乗り気じゃなさそうだし、エミリオも遠い目をしている。なにか圧力でもかかっているのかもしれない。
「そのお方は君のことを知っているから問題はない……はずだ」
「断れないんですか?イレーネを会わせるのはさすがに問題ありそうですが」
「あのお方の頼みだ、さすがに断れまい。何度もやめた方がいいと進言はしたのだが、どうしても、と」
「アルド殿はなんと?」
「止めてはいるんだがな。やはり強くは出られないようだ」
「なに、そんな重要人物なのか?」
さっぱり話が見えないイレーネだが、『あのお方』が只者ではないことくらいはわかる。アンジェロが強く出られない人物となると、相当の地位についているに違いない。
「まさか、国王、とかだったりして」
間違ってもそんなことはないだろうとイレーネがふざけた様子で言うと、アンジェロが深くため息をついた。エミリオは難しい顔で小さくなずく。まじかよ、とイレーネは目を丸くして固まった。
「あぁ。その通りだ」
「あの方も物好きですね」
エミリオは現実逃避しているようで、乾いた笑みを浮かべながら書類を整えている。アンジェロもどうしたものか、と頭を抱えている。硬直から立ち直ったイレーネはアンジェロに抗議した。
「ちょっと待て、さすがにそれはないだろ!オレ、一応ムルール人だぜ?敵国の人間に国王会わせてどーするよ」
「あのお方は優秀過ぎて、私の考えなんて及ばないんだ」
「周りの大臣なんかは止めないのかよ?」
「止めたさ。それでも、どうしても、といわれれば要求を呑むしかあるまい」
国王に逆らえる奴なんかいるわけないだろ、とエミリオもいう。周りの反対を押し切ってまでイレーネに会うことを切望するなんて、この国の国王は何を考えているのだろうか?もしかしたら、イレーネには想像もつかないようなことを考えているのかもしれない。
「別にオレ、国家機密とか知らないぜ?興味なかったからさ」
もしかしたら、国の高官の護衛を行うこともあったイレーネからムルールの国家機密を探ろうとしているのかもしれない。しかし、それなら検討違いだ。確かに、重要な会談の場に居合わせることもあったはあったが、政治に興味がないイレーネは何1つ覚えてはいない。
「それは問題ない。おそらく、あのお方も興味はないだろう」
「じゃあなんでさ?」
「わからないが、私への嫌がらせ、が若干含まれている、気はする」
アンジェロの言い方だと、アンジェロと国王の間に私的な関係がありそうだ。イレーネも興味をひかれたが、いまはそれどころではない。また機会があったときに訊いてみよう。
「それに、オレ、敬語とかつかえねーしさ」
「それも問題ない。非公開・非公式の面会だから無礼講、だそうだ」
そこまで言われると、イレーネも断る口実が思い浮かばない。なんでそんなに会いたがるのかはわからないが、腹をくくるしかなさそうだ。イレーネはため息をついた。
「わかったよ。オレもできるだけのことはしてみる」
「では、その旨伝えておく。今度の休日は予定をあけておいてくれ」
「了解」
「絶対しくじんなよ。下手するとアンジェロ様の首まで飛ぶんだからな!」
現実へと帰ってきたエミリオが怒ったようにいった。そんなことはわかっている。イレーネも神妙にうなずいた。バレホルムにきてから退屈しないとは思っていたが、こんな事態に巻き込まれるとは思っていなかった。刺激的なのはいいが、刺激が強すぎる。イレーネは数日後のことを考え、再びため息をついた。
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