第15話 暗殺未遂

「今日の会談だが、君にも同行してもらう予定だ」

「えっ、部外者がいいのか?大事な会議なんだろ?」

「ばか。護衛が離れてどうするんだ」

 驚いた様子のイレーネの頭をエミリオが叩いた。ダメージをうけたわけでもないのにわざとらしく頭をさするイレーネに、エミリオが鼻を鳴らした。

「普段からセレナが同行していたから、不自然ではないだろう。私が新しいメイドを雇ったことは知れ渡っている。私は普段あまり人を雇わないので、『なぜ』と気にしている奴らもいるんだ。だから、お披露目も兼ねている」

「絶対しゃべるんじゃねーぞ。メイドじゃないのがバレバレだかんな」

「大丈夫。セレナの特訓もうけたからな。うまくやるさ」

 イレーネはこの1か月、セレナからメイドらしく見える秘訣をさんざん叩き込まれていた。所作から表情の作り方までいろいろ伝授されている。アンジェロたちの前では普段通りふるまっているが、いざとなればそれなりの演技ができる自信はあるのだ。

「本当に大丈夫だろうな?」

「平気だって。オレよりセレナの腕を信じろよ」

 イレーネは胸を張ってそう主張した。まだ疑っているようなエミリオだったが、セレナの名を出されてようやく納得したようだ。


「イレーネ、君はこのフロアを離れるのは初めてだったな」

「そうだな。みたところ、どこも同じ作りっぽかったが……」

 能力を使えば建物全体が視界に収まるイレーネだ。どこがなんの部屋かまではわからないが、どのフロアも同じ場所に同じ大きさの部屋が配置されていることは把握している。

「そのとおり。なにに使うかは個人の自由だが、部屋のサイズは一緒なんだ。だから、大体どの部屋も同じ用途に使われている」

「お前が一人で行動することはないから、覚えなくてもいいぞ」

「わかってるよ。で、その応接室ってのは何番目?」

「たしか、階段左手の2番目の部屋だったな」

 エミリオに教えられ、会談予定の応接室を確認する。向かい合って置かれたソファーの間に低いテーブルが置かれている。壁には何か絵画らしきものが掛かっていて、今はだれもいない。いたって普通の応接室だ。しかし、気になる点が1つ。扉の横に小さな箱が置かれている。中身は配線と粉状のもの。間違いなく爆発物だ。


「あんた、部屋の扉は開けない方がいいぜ」

「……なにか見つけたか?」

「あぁ。不審物が置かれている。兵器にゃ詳しくないからわかんねーが、十中八九爆発物だな」

 またか、とアンジェロが頭を抱えた。もっと慌てるかと思ったが、アンジェロの様子からするといつものことなようだ。エミリオもいつも通りの表情で、では、もう一人メイドを連れていきますか、と言っている。

「事前に分かったのはありがたい。礼をいうぞ、イレーネ」

「たしかに、お前がいると便利だな」

「……むしろ、いままでどうしてたんだ?」

 爆発物が仕掛けられたのは初めてでないようだが、今まではどうやって危機を乗り越えていたのだろうか?エミリオがいるとはいえ、瞬間移動では太刀打ちできないだろう。イレーネは今までアンジェロが無事だったことに疑問を覚えた。


「基本的に、アンジェロ様が扉を開けることはないな。大体、その辺の兵士かメイドに開けさせる」

「兵士はまだしも、メイドが気の毒じゃねーか」

「一応、今までに死んだ奴はいないし、ケガに対する手当はちゃんと出してるから問題ないだろう」

「じゃあ、今日はオレが開けるわ。一応、メイドだし」

 犠牲になるであろう他のメイドが哀れになり、イレーネは自ら危険な役目に立候補した。一般のメイドでも死なない程度の爆発なら、イレーネなら十分対処できる。多少のケガは避けられないが、仕事には影響しないだろう。

「平気かよ?お前にケガされると困るんだけど」

「なに、心配してくれんの?」

 エミリオの意外な発言に、イレーネがにやにやにながらそう聞くと、再び頭を叩かれた。

「ちげーよ。お前がいないとアンジェロ様に影響するだろ。お前の身はどうでもいいけど、能力は便利なんだよ」

「そーだと思った」

「いいのか?君が無理をする必要もないのだが……」

「大丈夫、大丈夫。今までもっとヤバめの爆破に巻き込まれた時もあったし。これくらい朝飯前だ」

 心配そうなアンジェロを往なすようにイレーネがいった。その辺のメイドは盾に使うのに、イレーネの心配はするあたり、アンジェロは身内に甘いようだ。雇用関係にあるとはいえ、1捕虜にすぎないイレーネなど、使い捨てにすればいいのにとも思うが、好意は素直に受け取っておくことにする。


 時間が迫り、イレーネたちは会談の会場へと移動した。アンジェロが安全な距離にいることを確認し、イレーネは扉に手をかけた。


 勢いよく扉を開くと、大きな音を立てて爆発した。イレーネは扉ごと吹き飛ばされた。イレーネは勢いに押されて倒れ込んだものの、飛んできた破片は全て打ち落としたので、特にケガはしていない。座り込んだまま後ろを振り返る。アンジェロにもエミリオにもケガはなさそうだ。

「なんだ。一体何があったのだ!……アンジェロ君、無事でよかったよ」

 イレーネたちのほうに、1人の男性が走ってきた。高そうなスーツに身を包み、髭を生やした男はアンジェロよりずいぶんと年上にみえる。アンジェロの無事を喜んでいるそぶりは見せているが、その目は笑っていない。

「……君が今回の犠牲者か。大丈夫かい?」

 男性はいたわるようにイレーネを見ると、手を差し出してきた。イレーネが横目でエミリオをみると、エミリオは無言で頷いた。イレーネは顔を伏せたまま微かに頷くと、男の手を借りて立ち上がる。スカートの裾を直し男にお辞儀をしてから、イレーネはアンジェロの後ろへと下がった。

「あいつがアレックス。友好的な雰囲気出してるが、腹の中は真っ黒だ。油断するなよ」

 エミリオがイレーネに耳打ちする。今回の犯人だとは限らないが、警戒しておくに越したことはない。イレーネはアレックスと目が合わないように注意しつつも、アンジェロから目を離さなかった。


「それで、彼女は大丈夫なのかい?医務室に連れて行くなら人を呼ぶが……」

「大丈夫、だな?」

 アンジェロに訊ねられ、イレーネは目を伏せたまま頷いく。怖くて仕方ないと震えを抑えるように手首を押さえているイレーネをみて、アレックスが憐れむような視線を送ってきた。横のエミリオが目を丸くしている。イレーネはエミリオだけに見えるように小さく舌をだした。イレーネだってやればできるのだ。

「無理はしなくていい。痛いところは?」

 アレックスが優しく声をかける。イレーネのことはただの可哀想なメイドだと認識しているようだ。イレーネが無言で首を振ると、アレックスが困った顔をした。

「もしかして、彼女は……」

「あぁ。口がきけないんだ」

「また、変わった娘を雇ったんだな。どういう風の吹き回しだ?」

「セレナの知り合いでな。話せないのをいいことに、ひどい扱われようだったらしい。あまりに憐れなんで引き取ったんだ。私としては口がきけないのも、情報が漏れる心配がなくて好都合だ」

 セレナを知っているらしく、アレックスは納得したように頷いた。アレックスと視線が合ったイレーネはあいまいに微笑んでみせる。すると、アレックスはなぜか顔を赤くして目を逸らした。

「仕方がない。会談はまたの機会にしよう。お嬢さん、危険に晒させるのが嫌になったら、いつでも私のところにおいで。歓迎しよう」

 そういってアンジェロと握手し、アレックスは去っていった。


「ずいぶん気に入られたようだな」

 執務室へと戻ったアンジェロがいいはなった。なんだか不機嫌そうだ。

「オレ、なんか失敗したかな?」

「いいや、十分すぎるほどだ。よくやったよ」

 私もびっくりだった、とアンジェロはイレーネを褒めた。隣のエミリオも深く頷いている。

「別人かとおもった。いつもそうしおらしくしてりゃ、可愛げもあるのに」

「オレに可愛げ求めんなよ」

 そういいながらお茶を淹れる。イレーネの淹れたお茶をのんだアンジェロはようやく機嫌を直したようだ。

「今回はよくやってくれた。今後も頼むよ」

「あぁ。任しとけ」

 イレーネはピースしてみせた。

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