第13話 ダメっ子メイド、イレーネ
「だから、なぜそうなるんです?」
「フツーにやったらさ……」
「あなたの普通は普通でないのです。まず、そのことを理解なさい」
仕事を開始して早々、イレーネはセレナに叱られていた。掃除をするといわれ、普通に雑巾を絞っただけなのに絞りすぎて、『何のために濡らしたと思っているんですか!』といわれてしまった。セレナが絞った雑巾を渡され、同じ重さにしなさい、といわれる始末だ。掃除なんて普段はルイスがこなしていたから、イレーネにはまったく勝手がわからない。ここにきてからうすうす感じていたが、イレーネの育った環境はかなり特殊だったらしい。
しょんぼりしている様子のイレーネをみて、エミリオが爆笑している。アンジェロは表立って表情に出さないものの、時々手が震えるのをみるに可笑しいとおもっているのはまるわかりだ。やったことがないんだから仕方ない、一生懸命やっているのに。笑われるなんて心外である。
「ところでさ、エミリオ」
「様をつけろ、様を!……なんだよ」
セレナの真似をしてガラスを拭きながらイレーネが声をかけると、エミリオはいやそうな声でだが返事をしてくれた。以外と律儀なやつだ。
「ここどこ?」
「はぁ?お前、ここがどこかも知らないで生活してたのかよ」
「ドラン星じゃないってことはわかってんだけどさ。外みたけど、全然知らない街だったし」
「許可なく能力を使うんじゃねー。……まぁいい。説明してやる。スイン星のリヴィルって街だよ。お前でも聞いたことくらいあるだろ?バレホルムの首都だよ」
「なんとなく、な。たしか、王様が住んでんじゃなかったっけ」
特に学のないイレーネでも、その名くらいは聞いたことがあった。敵国の首都なのだから当たり前なのだが。でも、イレーネにはバレホルム領で一番栄えている街、くらいの知識しかない。
「そうだ。で、ここはその街にあるアンジェロ様の執務室。お前の部屋も、アンジェロ様のもんだ。というか、このフロア一帯がアンジェロ様に割り当てられてる」
「その言い方だと、他の階は別の要人の持ち物、ってことか?」
「持ち物というより、借り物だな。この建物に国の要人が集められていて、それぞれのフロアで独立して仕事してるんだ」
そういわれて、イレーネは建物内に多くの人気があるのに、アンジェロたち以外と出会わないことに納得がいった。とはいえ、仮にもムルール人であるイレーネがそんな重要な建物にいてもいいものか、とイレーネは要人の警備状況が心配になった。
「オレがいうのもなんだけどさ、本当にオレ、ここにいて良いのか?」
「問題ない。国王にも、君のことを把握していただいたうえで許可を得ている。それに、表立った情報では『死神』は死んだことになっているから、勘付く奴もいないだろう」
『そもそも、実際に『死神』に会った生存者が少ないからな』と今度はアンジェロが自ら解説してくれた。国王が許可を出しているんならイレーネが気に掛ける必要もないだろう。というか、アンジェロと国王に面識がある、ということにイレーネは驚いた。それなりの地位にいるとは思っていたが、イレーネの想像以上にアンジェロは偉い人物なのかもしれない。
「ここはもういいでしょう。次に、お茶を入れる練習です。メイドがお茶を入れられないなんて、すぐに正体がバレてしまいます。お湯の沸かし方はわかりますか?」
「……さすがに、茶くらい入れられるよ」
「結構。こちらがキッチンです」
セレナに案内され、部屋の奥にあるキッチンへと向かう。キッチンは執務室と壁で仕切られているが、間に扉はなかった。これならイレーネでもこぼさずお茶を運べそうだ。心配そうなセレナに見守られながら、イレーネはお湯を沸かしてみせた。電気ポットに水を入れて電源を入れるだけだから簡単だ。お湯を沸かしているあいだに、お茶を入れる準備をする。イレーネが茶葉をポットに入れたところで、セレナが悲鳴をあげた。
「なんでそう、適当に入れるんです?ちゃんと量りなさい」
「量るったって何で……」
「そこにティーメジャーがあるでしょう!それにいっぱいで一杯分です。今回は5杯分入れなさい」
これか?、とイレーネが幅広のスプーンらしきものを手に取ると、セレナがうなずいた。それに5杯分、今度は茶葉を量ってポットに入れる。そうしている間にお湯が沸いた。イレーネがポットにお湯を注ぐと、再びセレナが悲鳴をあげた。
「まずカップを温めなさい。それに、お湯を量らず入れたら、茶葉を量った意味がないでしょう」
いわれるがままカップにお湯を注ぎ、指定された分量だけポットにお湯を入れる。イレーネが即座にカップへ注ごうとした時、3度目の悲鳴が響いた。
「ちゃんと蒸らしなさい。そのままではただの色水ですよ」
「……お茶って、面倒なんだな」
最初からやり直すようにいわれ、イレーネはお湯から沸かしなおした。先ほどセレナに指示されたことを守りながらお茶を入れていく。注がれたお茶を一口飲んだセレナは難しい顔をしていたが、しぶしぶといった様子でうなずいた。
「荒は目立ちますが、まあ及第点でしょう。こんなものをアンジェロ様に飲ませるのは心が痛みます。しかし、毎回私が入れていては意味がないですし、仕方ありません」
アンジェロ様たちに披露してきなさい、とセレナに命じられ、イレーネはお茶をもって執務室へと向かった。執務室では、エミリオが涙を流しながら笑っている。アンジェロも笑いをこらえきれなかったようで、顔を横に向け手で口元を覆っている。イレーネとセレナのやり取りは筒抜けだったようだ。イレーネは若干の怒りを込めて2人にカップを渡した。
そういう習慣なのか、先にエミリオが口を付ける。一口のんで、意外そうな顔をした。それをみて、アンジェロも一口飲んんだ。
「……悪くないぞ」
「セレナに教わったからな」
アンジェロはなにか言いたげな顔だったが、口には出さなかった。何もいわれないならいいのだろう、とイレーネは納得しておくことにする。
「さあ、イレーネ様。今度はこちらの掃除ですよ」
セレナに呼ばれる。それから数日間、イレーネはメイド業にいそしむこととなった。
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