第12話 イレーネ、メイドになる
更に2週間後、イレーネは完治とまではいかないものの普通に生活できる程度まで回復していた。イレーネの回復力に、医者もエミリオ同様驚いていたが、晴れて就労の許可が出た。そういうことで、イレーネはこの日、初勤務となったのだ。
「本当に治しやがった……」
「有言実行だぜ」
得体が知れないものを見るような視線をおくるエミリオに、イレーネはピースをしてやる。とたんにエミリオの表情が曇った。そんな2人をアンジェロは面白そうに見守っている。
「仕事に支障がないならなによりだ」
「戦闘もいけると思うぜ。任せとけ。で、何すればいーんだ?」
「君の仕事はエミリオと同じく、私の身辺警護だが……。まずは着替えてもらおうか」
「着替え?」
「むしろ、なんでそのままでいいと思ったんだ。目立つだろうが」
なんで着替えなんか、と不思議そうなイレーネにエミリオが突っ込んだ。イレーネは普段同様シャツに長ズボンと動きやすい恰好だ。ここに来た時へ来ていた服はさすがに着られなかったので、エミリオに用意してもらったのだ。最初はアンジェロが用意してくれたのだが、イレーネが女性ということでワンピースなんかを持ってきた。動きにくいし、なによりイレーネの趣味ではないので別のものをエミリオに用意してもらったのだ。戦闘の可能性があるということを考慮したエミリオは、動きやすさを重視した服を持ってきた。イレーネも気に入っている。これでダメというなら、どんな格好をすればいいのだろうか?
「服はこちらで用意しておいた。サイズもあっていると思うのだが……」
そういってアンジェロから渡された服をみて、イレーネは固まった。アンジェロの隣でエミリオがにやにやしている。渡されたのはメイド服だった。黒のワンピースに、白いエプロン。なぜこれをイレーネに着せようというのだろうか?
「なんでこれ?」
「君は私専属のメイド、ということにしようとおもってな」
「その恰好でアンジェロ様のそばにいるなんて、違和感あるだろ。敵に何か感づかれて、裏で動かれると厄介なんだよ」
つまり、イレーネを不審がって敵対する相手が表立った行動を起こさなくなると困る、ということらしい。それならば仕方がない。そんな恰好をするなんて不本意ではあるが、仕事上必要なら受け入れよう。イレーネはプロ意識が高いのだ。
「わかった。じゃあ、着替えてくる。……似合わねーと思うぞ」
メイド服を着た自分をイメージしたイレーネは、一応予防線を張って隣の部屋に移動した。
服のサイズはぴったりだった。スカートはふんわりとしていて、これならなんとか動けそうだ。一応鏡を確認したが、違和感が半端ない。イレーネも一応女性なので、おかしな格好、というわけではないが、コスプレにしか見えない。イレーネは笑われるとこを覚悟でアンジェロたちが待つ部屋へと移った。
「……アンジェロ様、やっぱり無理がありますって」
「いや、これはこれで……」
「……笑いたきゃ笑えよ」
メイド服姿のイレーネに一瞬固まったアンジェロとエミリオだったが、すぐ複雑そうな表情になった。いっそのこと笑い飛ばされたほうがましだ。
「いや、笑うほどじゃない。というか、想像以上に似合っていて驚いた。なんだけど……」
「似合っているとはおもう。しかし、メイドらしく見えるかと言われると……、返答に困るな」
「いや、うれしくねーよ」
似合ってるといわれても、別にうれしくない。この服はイレーネが好んで着ているわけではないのだ。メイドらしく見えないというなら、こんな服着る意味ないのでは、とイレーネは思った。
「失礼します」
アンジェロとエミリオがそろって首をひねっているとき、1人の女性が入ってきた。イレーネと同じ服を着ているが、イレーネと違い」とても自然に着こなしている。
「あぁ。彼女はセレナ。メイド長をしていてな、私も信頼している」
「初めまして。あなたがイレーネ様ですね」
「イレーネって呼んでくれ。様つけられる立場じゃないんでな」
イレーネがそういっても、セレナは表情1つ変えずに、イレーネにお辞儀をした。セレナもイレーネ同様、職務に忠実な人物らしい。セレナは視線をアンジェロに移す。アンジェロは困ったようにセレナに助言を求めた。
「セレナ、どうにか彼女をメイドらしくできないか?とりあえず着替えてもらったんだが、何とも……」
「さようでございますか。確かに、彼女はメイドにみえませんが……。少々お時間をいただけますか?どうにかできると思います」
「本当か!助かるよ」
「それでは、イレーネ様、こちらへ」
セレナに連れられて、イレーネは再び隣の部屋へと移動した。椅子に座るよう指示すると、セレナはいったん部屋を出て行った。しばらくして、セレナは腕にたくさんの荷物を抱えて帰ってきた。
「まっすぐ前をみて、目を閉じていてください。動かないように」
いわれたまま目を閉じると、顔に何かを付けられる感覚があった。そのままぐりぐりと塗り込まれる。
――もしかしてこれ、化粧ってやつか?
女性は化粧をするものだ、といことはイレーネも知っている。しかし、イレーネの周囲は男だけで、化粧の仕方を教えてくれる人もいなかったし、イレーネも特に必要性を感じたことがないため、イレーネは化粧をしたことがなかった。しばらくされるがままだったが、やがて目を開けるように指示された。
「……わぁ、すげーな」
鏡には見慣れぬ自身がうつっている。見違えるほどの変化はないが、傷のない自身の顔は久しくみていないものだった。
「せっかく元が良いのだから、手入れしないともったいない。さあ、次は手を出してください」
「手?化粧って顔にするもんじゃねーのか?」
「化粧はそうですけど、手足、傷だらけじゃない。どんなに鈍臭いメイドでも、そんなに傷のあるメイドはいませんよ」
そういうと、セレナはイレーネの手足にも化粧品を塗り込んでいった。あっという間に傷が隠れる。10分もしないうちに、イレーネは生娘のような姿になった。
「まぁ、こんなものでしょう。少々威圧感はありますが、貫禄がある、とも表現できます」
イレーネは全身を観察して舌を巻いた。どこからどうみてもメイドにみえる。さっきまでの違和感が嘘のようだ。セレナもどこか得意げだ。
「あんた、すげーな」
「そうでもありませんよ。あなたも覚えればこれくらい簡単です。さあ、アンジェロ様に披露なさい」
セレナに促され、イレーネはアンジェロの執務室に戻る。入ってきたイレーネをアンジェロとエミリオは二度見した。
「すごい。……女って怖いな」
「よく似合ってる。さすがセレナ、ありがとう」
「大したことはありません。傷を隠しただけですよ」
セレナは嬉しそうに、少し笑顔をみせ、すぐに表情を引き締めた。
「あとは話し方だが、これは一日二日でどうにかなるものでもあるまい。話し声は離れていれば聞こえないし、そのままで構わない。だが、来客がいる時にはなるべく話さないように」
「了解」
「ただ立っているのも違和感があるな。セレナにメイドらしい仕草を教わるといい」
「かしこまりました、アンジェロ様。イレーネ様、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むぜ」
「ふん、せいぜいアンジェロ様に迷惑かけないようにな」
それではこちらに、とセレナに促され、イレーネは仕事を開始した。
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