第7話 窮地

「いたぞ。あいつか?」

 前方から武装した一軍がやってきた。全部で40人ほどだろうか?なかなかの人数だ。前方の軍の後ろにもさらに援軍が控えているようだ。さらに、その奥に小さく人が見える。ブロンズの髪を長く伸ばしており、軍服ではなく街にでも出ていきそうな軽装だ。前線に出ていないことろをみると、彼がさっきの兵士が呼びに行った指揮官なのだろう。きっと、休日だったところを急に呼び出されたに違いない。

 兵士を相手にする場合、指揮官がいるのといないのでは攻略する難易度が大幅に変わってくる。彼の腕前がどれほどのものかは知らないが、さっきのようにうまくはいかないだろう。イレーネは余裕がありそうな表情を崩さないまま、心のなかで舌打ちをした。ここから船まで子供の足で約15分。最低でもそれまでは引き止めておかねばならない。


「撃て!」

 号令がかかり、前方の兵士が一斉に発砲する。イレーネは先ほどと同様に弾を撃ち落としながら素早く前進した。射程距離に入った兵士から順に沈めていく。重力がかかり動けなくなった兵士をナイフで仕留めながら、イレーネは指揮官と思われる男の様子を伺った。

「あれはなんだ?」

「さあ?念力……じゃなさそうですね」

 いつのまにか、男の隣にもう1人立っている。14、5歳ほどだろうか、少年といってもいいくらい若い男だ。ブロンズの男と同様に軽装で、戦場では浮いて見える。後方の兵士が頭を下げているので、若いながらそれなりの地位にいるようだ。2人は特に指示を出すこともなく眺めていたが、やがて少年の方が前に出てきた。

「俺、ちょっと行ってきます。なにかわかるかもしれない」

 戦場だというのに、少年はニコニコと楽しそうだ。

 ――っ!

 イレーネはちらちらと彼らを見ながら兵士どもを仕留めていたが、不意に視界から少年の方が消えた。次の瞬快、イレーネは反射的に体を反らせた。ヒュと何かが首筋をかすめ、イレーネは表情を歪める。先ほどまでかなり離れた位置にいたはずの少年が背後から攻撃してきたのだ。イレーネが重力を操作すると、少年はびっくりしたような表情で膝をついた。イレーネはとどめを刺そうと少年の首元めがけナイフを振るう。しかし、その切っ先はなにもとらえなかった。再び、イレーネの目の前から突然姿を消したのだ。

「ふー。危なかった。ありゃ重力操作ですね。いまんところ、増やす方の能力しか使ってないけど、どこまで操れるかわかんねーです」

「そうか。射程範囲はわかるか?」

「それもさっぱり、兵士どものやられっぷりをみてると、結構広いみたいですね」

 少年は再び男の横に立っていた。先ほどまで命の危機にさらされていたというのに、何事もなかったように男と話している。

 ――能力者か!

 動体視力には自信があるイレーネでも動きがとらえられなかったことを鑑みるに、少年の能力は高速移動というよりは瞬間移動に近いものなのだろう。イレーネは初めて余裕のある表情を崩した。イレーネの能力と彼の能力は相性が悪い。ただでさえどこから攻撃されるかわからないと厄介なのに、重力をかけても離れた場所に移動されては意味がない。しかも、今のイレーネは能力を使い続けてかなり消耗している。長期戦に持ち込まれるとかなりきつい。


「でも、たぶん相性は悪くないですよ。消耗させるくらいなら俺でもできそうです」

「では、たのむぞ、エミリオ。無理はするな」

「了解です!」

 それからというもの、エミリオと呼ばれた少年はイレーネが隙をみせるたびに攻撃を仕掛けてくるようになった。少年の攻撃はわかりやすいので、避けることは難しくなかった。しかし、イレーネが反撃してもすぐに転移してしまうので、エミリオに傷をつけることはできていても、決定打までは与えられていなかった。何より、少し気を抜くとタッチアンドゴーの要領で攻撃してくるので煩わしくて仕方がない。イレーネはだんだんイライラしてきた。


 戦闘が始まって10分が経過した。先頭部隊はほぼ壊滅したものの、後方部隊が控えている。後ろからさらなる援軍がやってくるのもみえた。

 ――少々分が悪いな。

 かれこれ2時間以上能力を使い続けているイレーネは、さすがに疲れを覚えてきた。相手がこれくらいの戦力であれば何とでもなりそうだが、今のところ動きをみせない指揮官の能力が未知数だ。このまま最後まで黙ったまま、ということはないだろう。あと5分、そのあと離脱しなくてはいけないことを考えると、はたして無傷で帰れるだろうか?それなりに覚悟を決めなくてはならないかもしれない。


「……全軍、後退しながら発砲を続けろ。奴に距離を詰めさせるな。200メートルほど距離をとれ」

 ずっと沈黙を保っていた男が初めて指示をだした。それを聞いて、イレーネはあからさまにいやそうな顔をする。能力の及ぶ範囲が見破られたらしい。スピードには自信があるが、全力で後退されながら攻撃されては先ほどまでのように、容易に仕留めることはできなくなる。これほどまで犠牲者がでるまで指示を出さないなんて彼は指揮官ですらないのでは、と思っていたイレーネだったが、彼はそれなりに優秀な指揮官なようだ。イレーネにとってはありがたくない事実である。

「攻撃が通らなくてもかまわない。奴も消耗している。必ず勝機はあるはずだ」

 しかも、イレーネが消耗していることまで見抜かれている。久々に感じる危機感、イレーネの神経が高ぶった。安全に離脱するなら今だ。しかし、ここで引いては学生たちが危険にさらされる。仕事を途中頬ちだすなんて、イレーネのプライドが許さない。自分をまげて生き延びるよりは、自分らしく死んだほうがましだ。

「いいぜ。やってやろうじゃねーか」

 イレーネは湧き上がる感覚のまま凶悪な笑みを浮かべると、全力で敵兵へと突っ込んでいった。

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