第6話 救出

捕まった学生は街の外へと連れ出されていた。郊外の広場に集められ、周囲を兵士に囲まれている。大人しくしているからか、危害は加えられていないようだ。

 イレーネは広場へと走りながら、どうやって救出するか計画していた。みたところ、周りに遮蔽物はない。気づかれずに近づくのは難しそうだ。なら、正面突破か?いや、下手に刺激して彼らに危害を加えられたら困る。色々考えた結果、イレーネは正面突破することにした。彼らに近づけさえすれば、周囲の兵士を無力化することくらい朝飯前だ。思考をまとめたイレーネは広場へと急いだ。


「すまないが、今取込み中なんだ。民間人は近づくんじゃない」

「いや、オレはこいつらの引率者でな。返してくれねーか?」

 正面からなんの警戒もなしに近づくイレーネを、兵士は民間人だと思ったようだ。イレーネがムルール人だと分かると、兵士は態度が変わった。それでも、イレーネを侮っているのか嘲るように笑うと、武器も構えずに近づいた。

「なんだ、ムルール教師様か。教師には価値がない。見逃してやるから、とっとと帰んな!」

「どうした?ビビって動けないのか?」

 困ったように眉をよせ、その場から動かないイレーネに、バレホルム兵がヤジを飛ばす。その時、捕まっている学生の1人が声を上げた。

「そいつ、『死神』なんだぞ。すごく強いんだからな。お前らなんてみんな倒しちゃうぞ」

 他の学生も、そうだそうだと騒ぎたてた。そんな学生をみて、バレホルム兵はさらに愉快そうに笑うとバカにしたようにこういった。

「あれが『死神』だって?お前ら、騙されてるんだよ。『死神』はな、もっと気迫に満ちたある悪魔みたいな奴だ。奴は血に飢えている。ガキの引率なんかするわけない」

 兵士たちの笑い声が一段と大きくなる。イレーネはさらに眉を寄せた。バレホルム兵にはああ言われたが、イレーネだって好き好んで人を殺しているわけではない。仕事上必要に駆られたとき、必要な分殺しているだけだ。それを快楽殺人者のように言われてはたまったものではない。

「そいつらがいねーと帰れねーんだわ。返してくれよ」

「わからんやつだな。ロマーノ、少し痛めつけてやれ!」

 引く気配のないイレーネに痺れを切らしたのか、1人の兵士がそう命じた。兵士たちのなかでも体格が良い1人が近づいてくる。イレーネに負けるはずはないとでも思っているのか、銃は持っていない。イレーネはため息をついた。


「おい、お前らオレがいいっていうまで目、閉じてろ」

「えっ?」

「いいから、いうとおりにしろ。何聞こえても開けるんじゃねーぞ」

 学生たちがぎゅっと固く目を閉じたのを確認してから、イレーネは動いた。ニヤニヤしながら近づく兵士にイレーネの方から駆けより、重力を変化させた。イレーネは急な重圧に傾いた首元めがけて、隠し持っていたナイフを振るう。首元から夥しい血を流しながら、大きな音を立てて兵士が崩れ落ちるた。目を丸くして固まるバレホルム兵に、イレーネはニヤッと笑ってみせた。

「う、撃て!」

 いち早く硬直から立ち直った兵士が命じる。銃弾の雨がイレーネを襲うが、イレーネの10メートルほど前で全て墜落した。兵士の間に同様が走る。中には恐怖からだろうか、弾が切れているのに撃ち続ける兵士もいる。

「隊長、まさか本当に……」

「そんなバカな、しかし……。フラン!指揮官に連絡を。応援を呼べ!」

 1人の兵士が後方へと駆けていく。妨害も可能だが、イレーネはあえてそうしなかった。応援を呼ばれるのは厄介だ。しかし、兵士の行動を無作為に妨害してパニックをよぶと、学生に危険が及ぶ。ある程度は好きにさせた方がいい。


「どうした?」

 イレーネが特に構えないまま前進すると、兵士たちはわずかに後ずさった。それでもプライドがあるのか、隊長が攻撃を命じる。

 イレーネは銃弾を撃ち落としながら、兵士たちの中に飛び込んでいった。ナイフを持って突っ込んでくるイレーネに、数名の兵士は武器を捨てて逃げ出した。逃げ出した兵士は追わずに、攻撃してくる兵士だけを的確に仕留めていく。ものの数分で、その場に立っているのはイレーネと隊長だけになった。

「それで、お前はどーする?」

 イレーネが血の滴るナイフを向けると、隊長は顔を引き攣らせた。

「こいつらは返す!だから、見逃してくれ!」

「……最初からそーいえばいーのに」

 イレーネがナイフを下ろすや否や、隊長は脱兎の如く逃げていった。イレーネはナイフをしまい、広場へと残された学生へと近づいた。


「……っ、なに?」

「大丈夫、オレだ。まだ目、開けるなよ」

 イレーネは学生の手を引くと、比較血で汚れていない場所まで誘導した。兵士たちの死体が見えない位置まで連れてくると、イレーネは目を開けるよう促した。

「よく頑張ったな。もう目を開けてもいいぞ。……あっ、後ろ振り返るなよ」

 学生たちはおそるおそる目を開けた。互いの無事を確認し、イレーネの方を向く。そして目を見開いた。

「君、すごい血だよ!大丈夫?」

「あぁ、これは返り血だから大丈夫……。って、時間がねぇ。これからのことを説明するから、よく聞け」

 イレーネはポケットから船の合鍵を取り出すと、少年たちの中の1番大きい子に握らせた。

「オレはこれから、さっきの奴らの『友人』に挨拶しなきゃならねぇ。お前たちだけで船に戻るんだ。開け方はわかるな?船に入ったらすぐに発射させろ。……なに、そんな不安がらなくても大丈夫。自動運転だから、スイッチさえ入れちまえば家まで帰れるさ」

「でも、そんなことしたら、君が……」

「なに、オレは大丈夫。奴らをやっつけたら、適当な船で帰るさ。心配すんな。それより、これから先はついていけねぇ。お前がみんなを守るんだ。……できるな」

 少年はしばらく戸惑うように視線を逸らせていたが、やがて決心したのかイレーネと視線を合わせて力強く頷いた。

「わかった。気をつけて。……レモ、シルビオ、行くよ」


 イレーネは学生を不安がらせないよう自身に満ちた表情で見送った。背後からドタバタと人のやってくる音がする。援軍が到着したのだろう。学生らが船を発射させるまで、援軍を引き留めておかねばならない。ここまでかなり能力を使ったのでスタミナに不安はあるが、『死神』の異名があるのだ、なんとかしよう。

「待ちくたびれたぜ」

 イレーネは援軍の方を振り返り、笑みを浮かべた。

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