第5話 バレホルム兵との接触

自由行動が始まってはや2時間。これまでのところ何事もない。学生たちは言いつけを守って街の境界には近づいていないし、兵士が街中に入ってくることもない。しかし、兵士が徐々に街に近づいてきているのがイレーネにとって気がかりだった。しばらく街の東側の監視したので、今度は西側へと視線を移す。数人の学生が西にある公園で遊んでいるのがみえた。1人が歩き回り、他が小さくなってじっとしているところをみると、かくれんぼをしているのだろう。

 ――なんだ、ただのガキじゃねーか。

 イレーネは思わず表情を緩める。イレーネも子供のころ、オスカーとかくれんぼをしたことがある。遊びではなく訓練の一環ではあったが、うまくオスカーを出し抜けたときはうれしかったものだ。いくら上流階級の出身とはいえ子供は子供、遊びざかりなのは庶民とおなじだ。


 イレーネは同様に北側と南側も確認した。学生たちは各々楽しく過ごしているようだ。特にトラブルが起こった様子もない。あと1時間、何事もなく過ごせそうだ。

 イレーネが再び街の東側へと視線を移すと、思わぬ事態が生じていた。先ほどまでベンチにいたはずの3人の学生が街の境界へと近づいていたのだ。地面を歩く小さな生き物を追いかけているようで、学生たちはどんどんと街の端へと近づいていく。しかも、運が悪いことに反対側から武器を持った兵士とみられる人物も近づいている。イレーネはすぐに無線機を手に取った。

「……あっ、『死神』。どうしたの?さっき、鳥を見つけて追いかけてるんだ。たしか、鳩っていったような……」

「それどころじゃねぇ。すぐに引き返せ!そっちに兵士が近づいてる」

「えー。そんなの見えないよ。心配しすぎだって……っ!何するの、引っ張らないで!」

「おい、大丈夫か!」

 無線から聞こえてきた声が遠くなる。なにするんだ、レモを離せ、と友人の抗議する声が小さく聞こえてくる。イレーネの視界にも学生のうちの1人が兵士に捕まっている様子が映り込んでいた。

「おい、応答しろ!」

「どうしよう。レモが捕まっちゃった。抵抗するとレモに危害を加えるって……」

「抵抗せずにおとなしくいうことをきくんだ。やつらも無抵抗なガキに手荒な真似はしないはずだ。何かあったら、『死神』も来ていると伝えろ。大丈夫、必ず助けてやる」

「……うん、わかった」

 イレーネは一度無線を切ると。今度は他の全学生に向けて発信した。


「緊急事態だ。数名の学生がバレホルム兵とみられる奴に捕まった。至急広場へ集まれ」

「なんてことですの!野蛮なバレホルム人はなにをするかわかりませんわ」

 ざわざわと学生たちが動揺している様子が聞こえてくる。女学生だろうか、泣き出す学生も出てきている。このままパニックになられると厄介だ。

「ほら、泣くな。オレ様が付いてる。『死神』の名は飾りじゃないんだぜ。大丈夫だから、焦らず広場へと向かうんだ」

 イレーネは学生たちを安心させるように自信ありげに告げた。学生たちはそれを聞いて少し落ち着きを取り戻したようだった。1人、また1人と広場へと動き出している様子が見える。これなら5分もしないうちに全員が集まるだろう。


「これから、どうするんですの?」

 あっという間に残りの学生全員が広場に集まった。全員不安そうにイレーネを見つめている。リーダーの少女が涙をこらえながらイレーネに声をかけた。

「オレは捕まったガキどもを助けに行ってくる。お前らは船で待機してろ。あの船は頑丈にできてるから、たとえ攻撃されても安全だ」

 そこでいったん言葉を切ったイレーネは、リーダーの少女と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「お前が先導するんだ。何かあったことが周りにばれないように、さも予定通りなようにふるまえ。オレがいないことに気づかれたら、集合時間に遅れたバカがいるっていえばいい。船に着いたらドアへロックをかけて決して開けないようにな。オレはスペアを持ってるから自分で開けられる。船の中では一塊になって、なるべく船内中央にいろ。……できるな?」

 少女は目に涙を浮かべつつも、大きくうなずいた。イレーネは顔に笑みを浮かべると、船へと向かうように促す。

「皆様よろしくて?……ほら、ニーノ、平常心よ。泣くのは船に着いてからにおし」

 少女は涙を拭くと、リーダーらしく立派に皆を引き連れて船へと向かった。訓練でも受けているのだろうか?先ほどまで泣きじゃくってい学生も、何事もなかったように雑談しながら歩いいている。これならトラブルがあったと勘付く人はいないだろう。イレーネは学生たちが小さくなるまで見送ると、今度は捕まった学生を助けるべく走り出した。

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