第4話 不穏の影

イルカウォッチングを楽しみ陸地へと帰ってきた一行は、ホテルへと戻った。学生たちがホテルへと入る前、イレーネは建物内に不審物や武器を所持した人物がいないか確認した。拳銃を所持している人物が数人いたが、不審な動きはないためおそらく自衛用だろう。

「大丈夫そうだ。もう入っていいぞ」

「本当に便利ですのね。どうして常に使わないんですの?」

 ずっと使っていればもっと便利ではないか、と少女は不思議そうだ。能力がない人からみれば、『能力者』は何の労力もなく能力が使えるように見えるのかもしれない。イレーネは簡単に説明することにした。

「結構精神力使うんだよ。スタミナは無限じゃねーから普段はセーブしてるんだ。それに建物まで透過しちまうから、普段使うと見えすぎて却って見にくい」

「へぇ、万能ではないのね。じゃあ、明日も頼みましてよ」

「あぁ。カーテンは開けるなよ」

 わかってますわ、と少女はホテルの中に消えていった。少女と鉢合わせしないように、少し時間をおいてからイレーネもホテルに入った。

 学生たちとイレーネが泊まる部屋は同じフロアにある。学校がワンフロア全体を貸し切った。それを聞いたときイレーネは、さすが金持ちどもの学校だと舌を巻いた。しかしながら、宿泊フロアに他の客が出入りしないのは警備のうえで都合がよい。ホテルマンにもフロアへ立ち入らないように申し付けてあるので、このフロアに立ち入る学生以外の人物はすべて不審者だと判断できるのだ。イレーネはエレベーターホールへ一番近い部屋に泊っている。部屋前の廊下には携帯センサーを取り付けてあるので、エレベーターホールから学生の部屋に行こうとすれば、眠っていてもイレーネにわかる。逆に、学生たちはエレベーターホールにさえ行かなければ、各部屋の往来は自由にできるようになっていた。

 イレーネは部屋に入ると、そのままベッドへと横たわった。今日はなかなか楽しい1日だった、とイレーネは1日を振り返る。最初はガキのお守りなんてまっぴらだ、と思っていたが、なかなかかわいいところもあるものだ。今では情も移り、せっかくの旅行が楽しいものになればいい、とすら思っている。

 ――あと1日、何事もなく終わればいいんだがな。

 傭兵の感、とでもいうのだろうか?そう思いつつも、なんとなく胸騒ぎのようなものをイレーネは感じていた。


 次の日の朝、カーテンを開けないまま外を眺めたイレーネは驚いた。イレーネたちが滞在する街と隣の町との間に、兵士と思われる武器と装備を持った人間が多くいたのだ。さすがに4キロ以上離れていては、装備文字までは見えないので、どの国に属する兵士かはわからなかった。昨晩なにかトラブルがあったようだ。イレーネは情報を仕入れるために下の階へと降り、ホテルマンに声をかけた。

「なぁ、昨日、何かあったのか?」

「えぇ。隣町との間でムルール人とバレホルム兵士がもめたようでして……」

「へぇ、そりゃ大変だ。この辺りまで兵士は来てるのか?」

「いいえ。まだこの街の中までは入ってきていないようです。しかし、外に出るのはあまりお勧めできませんね。お客様がたはムルール人でしょ?トラブルに巻き込まれかねません」

 

 イレーネはホテルマンにお礼をいい、部屋へと戻った。ベットへ腰掛けしばらく考えに耽る。予定では最終日であるこの日は夕方まで街の探索、つまり自由行動になっていた。安全だけを考えれば、学生たちには時刻までホテルに籠っていてもらうのが一番だ。しかし、態度が軟化しているとはいえ、学生たちが『能力者』であるイレーネのいうことを素直にきいてくれるとも思えない。学生たちに好き勝手動かれるよりは、管理しつつ予定通り自由行動の時間をとる方がかえって安全かもしれない。少し骨は折れるが、行動範囲をこの街の中に限定すれば離れていても学生の行動は把握できる。

 考えた末、イレーネは予定通り街の探索を行うこと決めた。


「というわけで、この街の外に出るのは禁止だ。あと、いつでも連絡を取れるように、無線の電源は入れておくこと」

「わかった。君はどうするの?」

「オレは中央広場で待機してる。何かあったら中央広場へ集合な」

「わかりました。……盗み見されているなんてぞっとするけれど、しかたありませんわ」

 イレーネからことのあらましを聞いた学生たちは、それでもあまり危機感を抱いていないようで楽しそうに三々五々散っていった。

 ――ガキだから仕方ねーとはいえ、お偉いさんのガキがこんな呑気でいいのかね?

 イレーネはため息をつくと、広場中央のベンチに腰掛けた。

 街は一番離れているところでも広場から3キロほどなので、中央広場にいれば町中がイレーネの視界に入る。集合時間まで3時間。能力を使い続けるのはきついが、何とかスタミナは持つだろう。すぐにお土産屋に入る学生もいれば天然の食材を使っているとうたう飲食店に向かう学生もいる。中には街路樹の落ち葉を拾っている学生もいた。みんな、思い思いに楽しく過ごしているようだ。

 ――何事もなければいいが……。

 イレーネは腰につけた無線を一瞥し、使う機会がなければいいな、と思った。

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