第3話 バード&イルカウォッチング

何事もなく2日が過ぎ、イレーネ一行は目的地のドラン星へと到着した。紛争地帯とのことで警戒していたイレーネだったが、空港には両国の兵士は見当たらなかった。自然豊かな美しい星、というだけあり、観光客らしき姿もちらほら見える。住民たちも特にピリピリした様子は見られなかった。


「わぁ。絶景だね!これ全部、クローンじゃないんでしょ?」

「えぇ。ガイドブックにはそう書いてありましてよ」

 空港を出た学生たちが感嘆の声をあげている。そう興奮するほどのものか、といぶかしんでいたイレーネも、一歩外に出てみた光景に息をのんだ。道路にはレンガが敷き詰められており、その両端に街路樹が並んでいる。左手をみると、小高い緑色の山が見えた。赤土が顕あらわなっていない山を見るのは初めてだ。右手は緩やかな下り坂になっており、遠くに海が見える。海は赤色でも緑色でもなく青かった。物語に出てくる海そのものだった。


「おーい、そろそろ行くぞ」

 ワイワイと騒ぎながら写真を撮っている学生たちに、イレーネが声をかけた。もう少しこの感動に浸っていたいところだが、タイムスケジュールは結構シビアなのだ。到着した1日目は無人機で移動して、森の中でバードウォッチングをすることになっている。暗くなるまでにホテルに着かなくてはいけないので、ここで時間を使ってしまうと鳥が見られなくなる。

「あなたには感性ってものがないのかしら?この光景、素晴らしくってよ」

「気持ちはわかるが、時間がねーんだよ。ほら、次は鳥を見に行くぞ。クローンじゃない、生の鳥だぞ」

 わーと学生たちが一斉に寄ってきた。関心は風景から鳥へと移ったらしい。さっきまでイレーネをなじっていたリーダーの少女も、イレーネがいる手前はじゃいでいないものの、そわそわと落ち着かなそうにしている。子供らしいところもあるじゃないか、とイレーネは苦笑した。


 高速無人機で1時間、先ほど左手にみえていた山の中に到着した。無人機は坂道・障害物をものともせず山中を進んでいき、バードウォッチングに最適な場所まで一行を運んでいった。山の中は涼しく、枝の間から漏れる日の光が美しい。周囲に人の気配はなく、鳥の鳴き声と水の流れる音しかしない。神秘性さえ感じる空間だ。

「あれ、地面が固くない。ゴム製かな?」

「いいや、本物の土って柔らかいらしいぞ。微生物が住んでるからだって。教科書に書いてあった」

「それより、鳥だよ、鳥!声は聞こえるけど、どこにいるんだろう?」

 学生たちは好き勝手騒ぎながら周囲を散策している。バレニブレでは良いものに触れているはずの彼らにとっても、天然ものの生き物に触れる機会は少なかったようだ。狙われる身であると自覚しているのか、はしゃぎながらも学生たち全員がイレーネの視野内にいる。守られ方はわかっているようで、イレーネはほっとした。能力の範囲内にいてくれれば襲われても傷1つつけない自信があるが、遠く行かれるとそうはいかない。この調子ならラクができそうだ。

「ねぇ、君、視野が広いんでしょ?鳥、どこにいるかわかる?」

 イレーネのそばにいた少年がイレーネに尋ねた。少女からイレーネの能力について聞いていたようだ。イレーネは神経を集中させてあたりを伺う。30メートル程先に青い鳥が1羽、木に止まっているのが見えた。イレーネが指で指し示すと、少年は嬉しそうに声をあげた。

「あっ、いたいた。シルビオ、レモ、見つけたよ!」

 少年に呼ばれ、人が集まってきた。学生たちは、やれ見つけただの、見つからないだの騒いでいる。どんどんにぎやかになっていく様子を、イレーネは面白そうにみていた。

「あなた、この赤い鳥はどこにいるかわかって?」

 少女がガイドブックを指し示しながらイレーネに尋ねた。イレーナはいわれるまま周囲を伺う。

「えーと、そうだな、500メートルくらいまっすぐ行ったところに2羽」

「本当ですの!キアラ、急いで。ニーノも、ほら、あの鳥は十分見たでしょう」

 少女に急かされ学生たちは森の奥へと進んでいく。イレーネが後ろからついていくと、前からイレーネを呼ぶ声が聞こえた。鳥がどこにいるのか見つからないようだ。

 ――やれやれ、ずいぶん忙しいな。

 イレーネは苦笑すると、学生をかき分けて先頭へと歩いていった。


 2日目の予定は、メインイベントのイルカウォッチングだ。高速無線機で海まで移動し、そこから無人船で沖の観測スポットまで移動する。生物なので、必ず見られるわけではないが、90%以上の確率で観察できるらしい。運がいいと子供のイルカも現れる、とガイドブックに書いてあった。


「どこに……、あっ、あそこにいるのがイルカじゃない?」

 船で出発して30分後、観測スポットに到着した。船を止めるわけではなく、周辺をしばらく回るようだ。最初は穏やかで何も見えなかったが、5分ほど経つと遠くに何かが泳ぐ姿が見えてきた。その姿はだんだん近づいてきて、やがて姿がはっきり見えるようになった。イルカの群れだ。

「わぁ、意外と大きいんだね。かわいい!」

「船についてくるなんて、かなりのスピードで泳ぐのですね」

 学生たちはイルカに夢中だった。イレーネも初めて見る天然のイルカに心が躍った。クローンと違い、天然のイルカはクローンと違い大きさも様々だ。イルカたちは人が珍しいのか、キュウキュウ鳴きながら船と並走していた。

「これ、さっき売店で買ったんだけど、食べるかな?」

「イルカの餌って書いてあったし、食べるんじゃない?」

 学生たちはチケット売り場横の売店でイルカの餌を購入していたようだ。学生のうちの1人がおそるおそる餌を投げると、イルカは小さくジャンプしてそれを食べた。わぁ、と歓声が上がる。他の学生たちも我先に、と餌を投げ始めた。

「あら、あなたは買わなかったんですの?」

 リーダーの少女が周囲に他の学生がいないことを確認してから、少し離れたところでイルカを眺めていたイレーネに声をかけてきた。

「あぁ。オレは仕事中だからな」

「そんなこといって、本当はお金がなくて買えなかったんでしょう?せっかくの機会だというのに、これだから『能力者』はいやね。いいわ、私のをちょっと分けてあげます。感謝なさい」

 少女はそういうと、袋から小魚を数匹だしてイレーネに渡した。せっかくの好意を断ることもないだろうと、イレーネはお礼をいい素直に受け取った。


 初日のバードウォッチング依頼、イレーネを嘲っていた学生たちの反応が好意的なものに変わっていった。どれだけなじろうが動じないイレーネをからかうのに飽きてきたのか、単純にイレーネの能力が便利だからなのかはわからないが、イレーネにとってはいい傾向だ。敵意を持たれていても仕事を全うすることはできるだろうが、好意を感じてくれているならそれに越したことはない。イレーネは少女からもらった餌を高く放り投げた。すると、イルカはそれを食べるために高くジャンプした。学生たちもイレーネを真似して餌を投げはじめた。イルカが次々とジャンプを披露する。その様子をイレーネは笑みを浮かべながら見ていた。

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