第2話 いざ、ドラン星へ
一週間後、イレーネは中型船の前にいた。間もなく学生たちがやってくるはずだ。イレーネが船を見上げていると、背後からざわざわと人の話す声が聞こえてきた。学生たちが到着したようだ。
「あら、あなた、この船になんの御用かしら?この船、貸し切りのはずですってよ」
先頭を歩いていた少女がイレーネに声をかけた。まさかイレーネが護衛だとは思っていないようだ。
「オレは今回の護衛だよ」
「まぁ!じゃあ、あなたが『死神』なの?噂と違って、ずいぶんと弱そうね」
少女はイレーネが顔を顰めるのも気にせず、くすくすと笑った。他の学生もイレーネを嘲るように笑い声を立てている。イレーネはため息をつくと、学生たちの方を向いた。
「嬢ちゃん、人を見かけで判断するとケガずるぜ」
「あら、口が悪いのね。ろくな教育も受けていない『能力者』じゃ、しかたないかしら?」
少女がそう口にすると、学生のあいだを笑い声が大きくなった。イレーナは再びため息をつくと、何も言わずに天を仰いだ。少女の言葉は不快であるが、ここで反論しても何もならないことをイレーネは知っている。
『能力者』とは、その名の通り普通の人間にはない特殊能力を持つ人物を指す。どうしてそのような能力が宿るかは不明だが、血筋にかかわらず低確率で生まれつき能力を所持していることがあるのだ。透明化や瞬間移動など宿る能力はそれぞれ異なるが、この国・ムルール領では『能力者』はすべからく差別されている。『能力者』であるイレーネは差別されることに慣れていた。
「気に入らねーのは分かるが、我慢してくれ」
イレーネが学生たちに視線を戻した瞬間、乾いた音がした。その後、さらに2回同じ音が響く。イレーネは鋭く周囲を見渡したが、すぐに呆れたような表情になった。
「……坊ちゃん、それを持つにゃ若すぎねーか?」
学生の1人がイレーネに向けて発砲したのだ。ムルールでは自衛用に拳銃の所持が認められるいるが、こんな子供でも所持してるとは思っていなかった。重役の子供は狙われやすい立場だ、親が持たせたのかもしれない。
「……すごい!僕、銃の腕には自信があったのに。掠ってもいないんだ。体を動かしてないのになんで?」
少年はイレーネに向けて発砲したことになんの罪悪感もないようで、イレーネが全ての弾丸を避けたことに感動して目を輝かせている。他の学生もイレーネに興味を持ったようで、珍獣でも見るかのような視線を投げかけてきた。イレーネは三度目のため息を吐くと、学生たちに解説してやった。
「墜落させたんだ。オレの能力は重力操作でな。弾丸は重力に引かれて地面に落ちた、というわけだ。周囲100メートルくらいなら操れるから、オレの近くにいれば狙撃の心配はねーぜ」
「ふーん。それなりにお強いのね。噂通りかはまだわからないけれど。……いいでしょう。護衛として認めてあげるわ」
「……そりゃどーも」
どこまでも上から目線な少女は、この学生達のリーダーなようだ。ということは、下手に反論せずにご機嫌を取って置いた方が良さそうだとイレーネは判断した。機嫌を損ねて学生どもに反乱を起こされても面倒くさい。
「何しているの?早く行きましてよ」
学生たちの興味はすでにイレーネからドラン星で見られるであろうイルカに移っていた。この旅の間、一体何回ため息をつくのだろうか、と不安を感じながら、イレーネは学生たちに続いて船へと乗り込んでいった。
「あなたの部屋はここでしてよ。食料など、必要なものは中にあります。『能力者』には豪華すぎる部屋だと思うけれど、仕方ありませんわ。何かあったら無線で連絡します。なるべく部屋から出ないことですわね」
「へー。部屋に風呂まで付いてんのか」
「……っ。まだ入っていないのになんでわかったんですの?」
イレーネを部屋へと案内した少女が驚いたようにイレーネをみた。イレーネ失言だったと後悔した。この少女はちゃんと説明しないと納得してくれないだろう。
「オレ、能力2つ持ちなんだ。重力操作と視野操作。気合いれれば5キロ先まで、障害物の中身まで見えるんだ。光学迷彩なんかも効かないから、潜んだ暗殺者なんか見つけるのに便利だぜ。船内を確認したけど、大丈夫そうだった」
「それはなにより……って、私の部屋も覗いたんですの!今度覗いたらお父様に言いつけてやります。覚悟なさい!」
少女は顔を真っ赤にしてそう捲し立てると、イレーネをおいて行ってしまった。イレーネは本日何度目かのため息をつくと、部屋の中へと入っていった。
学生の旅行に使う船としては、室内はかなり豪華だった。外から覗いたとおり、室内に風呂とトイレも付いている。大きなベッドが備え付けられており、ベッドサイドの棚には湯沸かし器など日常生活に使いそうなちょっとした家電なんかも置かれている。同じ棚に無線が1台、おそらく、さっき少女が言っていた船内の連絡専用だろう。部屋の隅には冷蔵庫まで付いている。イレーネが中を確認すると、水やジュースなどの飲み物の他、果物が数点収められていた。冷蔵庫の上の小箱には、携帯食料がたくさん入っている。ドラン星到着まで約2日、部屋から出なくても十分生活できそうだ。
イレーネは身に着けていた装備類を外すとベッドへと横たわった。先ほど確認したところ、船内に不審物や不審者はいなかった。船は完全自動運転なので、特段の操作は必要ない。学生たちがトラブルを起こす可能性は0ではないが、腐っても上流階級の住人、イレーネの手が必要になることはないだろう。移動中、無線が鳴ることはなさそうだ。
――移動中はラクができそうだ。
イレーネは持ってきた本を手にとると、読書に没頭した。
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