第1話 新たな仕事
穏やかな昼下がり、女傭兵イレーネは1人、黒のパンツに白いシャツといったラフな格好でソファーに横たわり本を読んでいた。ページを捲るにつれて、その表情は暗くなっていく。その時、玄関の扉が開き荷物を抱えた青年が入ってきた。
「ただいま、姐さん。いやー、今日は店が混んでて時間がかかっちまいました。……あれ、また本読んでんすか?」
「あぁ。しっかし、これはハズレだな」
イレーネはバタンと勢いよく本を閉じ、後に放り投げた。ソファーの後には乱雑に本が散らばっていた。ソファー横の棚にも本が置いてあるが、こちらは綺麗に並べられている。こっちはアタリの本なのだ。
「姐さん、本を投げないでくださいよ。あぁ、また散らかして……。片付ける身にもなってくだせぇ」
「別に片付けなくてもいいだろ。ジジイもこうするし。……あー、腹減った。ルイス、今日の昼飯なんだ?」
「今日はいい卵が手に入ったんで、オムレツにしようかと。しかも、合成じゃなくて、天然ものっすよ、珍しいっしょ。でも、片付けてからっすよ」
「えー」
「えー、じゃない!」
ルイスに怒られて、イレーネは渋々ソファーから起き上がった。イレーネがソファー裏の本を拾っているのを確認すると、ルイスはキッチンへと消えていった。イレーネは拾った本を床に積み上げていった。棚へと仕舞われた本に比べて、扱いが雑である。ハズレなのだから仕方がない。
キッチンからはルイスの鼻歌が聞こえてくる。ずいぶん機嫌が良いようだ。天然の卵が手に入ったのが相当嬉しいらしい。
イレーネとルイスが住んでいる、ムルール領惑星バルニブレには自然の動物があまり住んでいない。大半がクローンだ。クローンの家畜は生殖能力を持たないので、卵類は大半が合成のものだった。
「ルイス、手伝おうか?」
「いや、大丈夫っす。姐さんは座ってて下せぇ。もうすぐオスカー爺さんも帰ってくるとおもうっすよ」
キッチンを覗き込んだイレーネを振り返らずにルイスがいった。
イレーネはいわれた通りソファーに腰掛けると、新たな本を取り出した。今度はアタリだと良いな、なんて思いながらページを捲っていく。イレーネはそのまま読書に没頭していった。
「姐さん、出来ましたぜ。……なんだ、また読書っすか?」
「あぁ。今度のはなかなかのアタリっぽいぜ」
イレーネが本から目を上げないまま返事をすると、ルイスは呆れたようにため息をついた。
「本を読むのはいいことっすけど、時と場合を考えてほしいものっすね。ほら、ご飯できたっすよ」
「もうちょい」
「だーめ」
ルイスはイレーネに歩み寄ると、ヒョイと本を取り上げた。イレーネは抗議するように見上げるが、ルイスは取り合わない。ルイスはテーブルの上の栞を本に挟むと、棚の上に置いた。
「ほらほら、もう爺さんも帰って……きたっすね」
ルイスが話している間に玄関の扉が開き、歳をとった男が入ってきた。70歳くらいのだろうか?白髪に白い髭を生やしている。どこからどうみてもお爺さんだが、その瞳は若々しい印象をうける。
「おかえりなさい、オスカー爺さん」
「おかえり、クソジジイ」
「クソは余計じゃ、クソガキ。……あぁ、今日はオムレツか。うまそうだ」
オスカーは挨拶を済ますと、イレーネの隣に腰掛けた。ルイスも席につき、食事を始めた。
「あー、暇だな。ジジイ、なんか仕事はねーのか?」
食事を終え、ソファーにもたれ掛かりながらイレーネがたずねた。
「なんだ、あの本もう読み終わったのか?かなりあっただろう」
「今読んでんので最後。アタリハズレは五分五分だったぜ」
「そうか。アタリのだけ後で読むかな」
イレーネとオスカーは本の趣味が似通っている。最近ではオスカーが入手した本をイレーネが先に品定めすることもしばしばだ。
「姐さん、仕事熱心っすね。金には余裕があるから、そんな急がなくてもいいのに」
「金のためじゃねぇ。暇なんだよ。もう一ヵ月近く家にこもってるからな」
「丁度いい。さっきお前への依頼をもらってきたところだ。『死神』指定でな」
オスカーは棚に並べられた本を物色しながらそういった。イレーネはグーと伸びをすると、オスカーの方を見て続きを待つ。片付けをしていたルイスも、内容を聞くべく席に着いた。
「内容だがな、修学旅行の護衛だそうだ」
「ガキのお守りかよ、それなら別にオレじゃなくてもいいだろ?」
「最後まで聞け、だからクソガキなんだ。……その学校が国のお偉いさんがた御用達でな、護衛にも万全を期したいそうだ。しかも、行先がまたとんでもねぇとこでな。ドラン星に行くそうだ」
「ドラン星!ドラン星っていったら、ムルールとバレホルムで取り合ってるところじゃねーっすか。今あんな星に行くなんざ、危険きわまりないっすよ」
オスカーの説明を聞いて、ルイスが驚きの声をあげた。イレーネも眉を顰める。美しい星だとのうわさはあるが、お偉いさんの子供が危険を冒してまで行くところとも思えない。
「儂もそう思う。しかしな、子供らがどうしても生きた天然のイルカが見たいとさ」
「ははーん。それでオレに話が回ってきたわけだ」
イレーネにも話の筋が見えてきた。危険地帯には行きたいが、万が一があっては困る。そこで多数の実績を持つ『死神』に護衛を依頼したいというわけだ。
「いくら姐さんでも、紛争地帯に子供を連れていくなんざ、危険じゃねーっすか?」
「まぁ、紛争地帯といっても今は落ち着いているし、問題ないだろうよ。お前がいやなら断るが、どうだ?」
オスカーに訊かれ、イレーネは目を閉じて少し考え込んだ。ガキのお守りは好きでないが、ドラン星には少し興味があった。天然のイルカもみてみたい。バルニブレにも水族館はあるが、すべてクローンなのだ。
「ガキのお守りは趣味じゃねーが……。まぁ、受けてやってもいいぜ」
「マジっすか!」
イレーネの回答に、ルイスが意外そうに声をあげた。決定に反対はしないものの、難しい表情をしているところをみるとルイスは断ってほしかったようだ。イレーネよりも弱いくせに、過保護なところがあるのだ。
「じゃあ、了承したと報告しておく。出発は一週間後だ」
「了解」
「トラブルはないと思うがな。まぁ、楽しんでこい。……いざというときはわかってるな?」
「あぁ。暴れてくればいいんだろ?」
「無茶はするなよ。……そういっても無駄だとは思うがな」
最後まで話を聞かずに、読書を再開したイレーネをみて、オスカーがため息をついた。
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