『死神』と呼ばれたオレ、敵国で働く〜こっちの方が待遇いいのはなぜだろう〜

ゆず

序章 すべての始まり

広場に多数の兵士が集まっている。兵士たちは銃を女性へと向けていた。一列に並んだ兵士たちの前に、2人の男性が立っていた。2人とも軽装で、戦場に立つには相応しくなさそうだ。背が高く、ブロンズの髪を長く伸ばした整った顔の青年は、冷たい目で女性へと銃を向けている。彼の隣に立つ、少年といってもよいくらい若い男はおどけた様子で女性を眺めている。少年の体にはいくつも傷がついているが、大したダメージは受けてないようだ。ふざけているような態度だが、その目線は女性から離れない。

 彼らと対するのは、膝をついた20代とみられる若い女性だった。黒く長い髪を後でひとつに束ねている。黒のパンツに赤いシャツといった服装と引き締まった体は男性のようにも見えるが、その顔つきは確かに女性のものだ。あちこちから血をながしており、中でも脇腹についた傷から夥しい出血がある。満身創痍、絶体絶命といった言葉が相応しい。それでも、その瞳は強い意思を帯びている。

 

「――まさか、『死神』が女だったとはな。女性なら、『女神』とでも名乗ればいいものを」

「別にいいだろ。オレが自主的に名乗ったわけでもねぇ」

 女性が不満げに返した。

「『死神』を仕留めたとなれば、また箔がつきますよ、アンジェロ様」

「あぁ。私が追い詰めたわけではないのだがな」

 少年にアンジェロと呼ばれた青年は、表情を変えないままそう答えた。

「何か言い残すことはあるか?」

「……なんだ、バレホルムの指揮官様は敵国傭兵の遺言まできいてくれるのか?」

「ふざけるな。まだ生きて帰れるとでも思っているのか?」

 茶化すようにいう女性に、アンジェロは銃口を調節しながら顔を顰めた。隣の少年が面白いものを見るかのように口笛を吹く。

「さすがに、もうだめだと思っているよ。でも、まぁ、頑張った方じゃねえか?」

 仕事はやり遂げたしな、と呟く女性に、アンジェロは奇妙なものを見るような表情をした。死を前にしたとは思えない態度だ。何か企んでいるのではないかとも思ったが、女性に抵抗するような様子は見られない。

「アンジェロ様?」

 銃を女性に向けたまま固まってしまったアンジェロを不思議に思ったのか、少年が声をかけた。

「……あぁ、エミリオ、問題ない。遺言はないようだな。抵抗しなければラクに殺してやろう」

「そりゃ親切だな」

「……っ、あの世で同胞らに詫びるがいい」

 今までアンジェロが見てきた兵士たちは、どれだけ強い兵士でも、いざ死を前にすれば取り乱すものだった。命乞いをする兵士も珍しくない。それなのに、目の前の女性はまるで世間話でもしているようだ。一見、諦めてすべてを投げ出しているようもに見えるが、その瞳は生気に満ち溢れている。そんな様子を見ていると、この女性を仕留めるという自分の判断が間違っているような気がしてきた。アンジェロはこれ以上心を乱される前に、と引き金に指をかけた。


 アンジェロは力を込めながら、女性の表情をみて、息を呑んだ。いくら平常心といっても、死ぬ瞬間は絶望の表情を浮かべると思っていた。そうでなくても、目を閉じるなと、死ぬ瞬間を意識しないようするものだ。それにも関わらず、女性の表情はそのどれにも当てはまらなかった。銃口をまっすぐにみつめて、笑っていたのだ。

 しかも、狂ったような笑みではなく、満足そうに微笑んでいる。アンジェロの腕に思わず力が入った。


 ――乾いた音があたりに響き渡った。

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