第5話 赤星緋音は語りたい
「えっ……何この導入は……」
「あれ? ここまで酷かったかしら……? 私の記憶だともう少しマシだったと思うのだけど……」
俺と赤星緋音は二人っきりの教室で一緒にタブレットでエロ漫画を読んでいた。
よくある単発読み切りをまとめた書き下ろし付きの単行本だ。
今、読んでいた一話目は、筋肉痛で保健室にきた主人公が、ヒロインを誤って胸を揉みながらベッドに押し倒してしまい、それを誘われたと勘違いしたヒロインが抱きついて……という導入であった。
それはたった3コマの「トコトコ…」、「バタン!!」、「君、少し誘い方が乱暴じゃないかい……?」「へ!?」で行為が始まる始末であり、何の脈略もなくその気になったヒロインと、雰囲気に気圧された主人公が絡み合っていった。
「まあでも……エロシーンは赤星さんの言ってた通り描きこみが緻密でいいね」
「別に私なんかに気を使わなくて大丈夫よ……期待に添えなくてごめんなさい……」
「いやいや、思った以上に導入が雑なのに驚いただけで、俺はこのエロ漫画好きだよ」
「そうなの、佐藤くん……? それなら良かったのだけど……」
「確かに導入の雑さは想像以上だったけど、エロさも想像以上だったからな。ここのおっぱいの影が描きこまれてて凄くて感心したよ」
「そ、そうよね!? どのコマもそうだけど、特にここのコマは胸の陰影が描きこみが凄いのよ! しっかりと胸の質感が表現されているわ! それにここのコマの女体の柔らかさを感じさせる曲線も本当に素晴らしいわよね!? あとここはエロ漫画では珍しいアングルなのだけど……」
赤星緋音はとても楽しそうに語りながら、メモをとっていた。
マシンガントーク気味ではあったが、聞いていると鼓膜を破りたくなるお姉ちゃんの話とは違い、エロ漫画について語る彼女の話はいつまでも聞いていられた。
少し前は白紙だったはずのそのメモは、気がつくと文字と絵でびっしりと敷き詰められていた。
「改めてだけど、赤星さんって本当にエロ漫画のこと好きなんだな」
「──ええ、大好きよ」
赤星緋音は無邪気で、しかし妖艶な笑みを見せた。
彼女もエロ漫画を読んで興奮しているのか、頬を赤らめて息が荒くなっていた。
だが、好奇心に突き動かされる彼女は純真無垢で無知な少女のようでもあった。
「あ、見て佐藤くん! ここのコマなのだけど、トロ顔のヒロインの目がとても上手なのよ!」
赤星緋音はこちら側のコマに夢中になっていたのか、無防備に俺と体を密着させてきた。
耳に艶めかしい吐息がかかり、甘い匂いが鼻に馴染んでいく。
俺は必死にエロ漫画に集中しようとするも、大きく柔らかい胸と太ももの感触と熱が伝わり、彼女の少しはだけた胸元が俺の視線を吸い込んでいった。
「え? ああ……そうだね、赤星さん……のおっぱい最高だよ!」
「のおっぱい……? うふふ。佐藤くんってそんなにおっぱい好きなのね。でも、目の話をしていたのだけど……」
「しまった……いや、おっぱいなんて見てなかったよ! 俺はちゃんと煩悩を捨ててエロ漫画読んでたからな! 煩悩に負けてエロ漫画を読まずにおっぱいだけ見てたなんて、そんなのエロ漫画好きの風上にも置けないことするわけないだろ!?」
「え……? 煩悩を捨ててエロ漫画を読むってどういうことなのよ、佐藤くん……? エロ漫画ってむしろ煩悩そのものな気がするのだけど……」
「あっ……それはそうと、このエロ漫画って導入とエロシーンで落差が大きいよな。これって〆切ヤバかったからなの?」
「どうなのかしらね……? この先生は毎回導入が雑だからネームの時点でこうなのだと思うわ。でも、〆切がヤバいと導入が雑になっちゃうのはその通りよ。エロ漫画って最悪エロシーンさえ良ければいいみたいなところあるでしょう? だから最低限のクオリティーは維持するためにエロシーンから描くのよね」
「なるほどな。時間がないと導入に力を回す時間がなくなっちゃうってことか。赤星さんは導入が雑になっちゃったことってあるの?」
「正直に言うと結構あるわ……私もあまり人のことは言えないわね……それでもここまでバカみたいな導入は描いたことないわよ。これで4話目かしら? 次の導入も楽しみね、佐藤くん? ──あ……」
赤星緋音はニコニコしてページをめくると、言葉につまり固まった。
それは男友達にコンビニに誘われたヒロインが、ゴムを買いにいくのだと勘違いして、赤ちゃんがどうこう……というそれはそれはバカみたいな導入であった。
まるで昨日の俺たちとほとんど同じ状況だ。
横を見ると彼女は朱色の目を見開き、歯を食いしばっていた。
俺は何も気づかなかった……そういうことにしよう……
「もしかして赤星さん、ここ読んだことある話だった……? 飛ばしてもいいよ」
「え……? そ、そうね……ごめんなさい佐藤くん。飛ばさせてもらうわ……──へぇ……!?」
高速で指を動かし一瞬で一話分を飛ばした赤星緋音はまたしても動きを止めた。
次の話は主人公の言動にヒロインが勘違いして高らかに結婚を宣言してしまい……というまたしても昨日の俺たちとほとんど同じ状況の導入だった。
特に膝から崩れ落ちるヒロインの間の抜けた表情は、まるでトレスしたかのように昨日の彼女そのものであった。
俺は当然、今回も気づかないフリをするつもりだった。
だが、その表情を見た俺は思わず吹き出してしまっていた。
「ぷっ……ふふ……あはは」
「何がおかしいのよ、佐藤くん……?」
「へ!? いや……別に何でもないよ!」
「そう……それなら聞き方を変えるわ。佐藤くん、勘違いで結婚宣言したこの導入はどう思ったかしら?」
マズい……どうしてだ……どうしてあの時、俺は笑ってしまったんだ……
赤星緋音は顔を真っ赤にして、涙目になりながら俺に殺意の眼差しを向けていた。
俺だけがエロ漫画家だと知っているクラスメートのツンデレ赤髪美少女にサインを見返りに勉強を教えることになったが、サインだけでは釣り合わないと言われてから日に日に彼女のお礼が過激になっている件 梅田 蒼理 @Umeda_Aori
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