第2話 棺

手持ちの灯りを頼りに、ダンジョンの細い通路を進んでいく。湿気を孕んで苔蒸した岩壁の表面の細い隙間、その小さな隙間におぼろな光さえ吸い込まれてそうな気がした。だから少し開けたところに出ると、空間的な意味も含めて、ホッとする自分がいた。そろそろ休憩を取らねば――


あ!こんなところにおあつらえむきの黒いベンチがあるではないか。ここで休憩しよう。バックパックにある食料を漁る。うーんグラサンからもらったおにぎりしかなかった。まあ早めに食べてしまおうか、腐っては勿体無い。


その時、急にドンドンドンと叩くような音が聞こえた。えっ?


我が安眠を妨げるのは誰だ―― どこ?ドスのきいた男の声 四方を見回しても誰もいない。あっ下か


自分が座っているものをよく見たら、表面に銀の刻印がしてある。――孤独密室宇江佐衛門―― わ、これ棺桶だ。しかもS級めんどくさそうな奴。相手にしてはいけない、絶対に。すぐに立ち去る準備をした。


「待て」


「逃げても無駄。我が妖気は一層高まっておる。それに腹が減ったお前では振り切れないだろう」


黒い棺からはただならぬオーラが漏れ出していて、透明な湯気みたいなものが床までベッタリ、それに暖かかった。ひとまず床に腰を下ろして頷いた。ひとまず腹ごしらえだ。


「それにクク……微かなギャルの匂いがするのぉ」


これか?手に持ったおにぎりを鼻に当ててみるが、何の香りもしなかった。強いて言えば塩の香り。


そう思っている間に、急に棺から白いグニャグニャの触手が現れてきて、おにぎり目掛けて飛んできた。ハエみたいに執拗に取ろうとしてくるから、体を左右にかわして一気に食べた。


「けっ、白けるわ。どうしてくれんだ、100万年の眠りを覚ました責任、とってくれるんじゃろな。」


そう言って当たり散らしてきた。勘弁してくれよ、ただのおにぎりじゃないか。


「知らないよ。勝手に目覚めただけでさ」


棺からは沸騰したヤカンの音 ふぅーーーふぅーー


刹那、卑怯にも後ろから触手が数本、いや数百か、首めがけて飛んできた。絞めにきたんだコイツ。この手斧で応戦。

相性がいい、スパスパやれる。何本も切り落とした触手が床に落ちては、煙のように消えていった。自分の荒い息遣いだけが周りにこだましていた。


それから声はもう聞こえなくなった。


開かない棺――側面には巨大な南京錠が掛かっている。近づいて手で触ってみた。

錠には何やら古の文字が書いてある。魚 鳥 骨 草 そんな感じの象形文字。全然見当もつかない。


あでも、もしかして、これ。近い記憶の電気が走った。バックパックの中から勢いよく目的のものを取り出す。あった。『海』というタイトルの古文書。昔拾って、暇なときに何度も読み返したから所々擦り切れている。古文書なのか、ボロいだけなのかよくわからなくなっていたけど、ほぼ全編に渡って象形文字だらけなので古文書だと思う。たまにある挿絵だけで色々妄想が捗ったもんだ。読めるのは現代語で書いてある、この一節だけ。


海は広いな、大きいな。


全く意味がわからなかった。それでもずっと興味をそそられていたから、大切にしてきたやつ。指で早々とめくってみる。やっぱりだ、魚 鳥 骨 草 つまりこの文字は…………


「キーってことじゃよ。ちなそれ書いたのワシな」


また声が聞こえてきた。その断定したトーンはから一抹の説得力が感じられた。





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ダンジョンin the sea 古川和(みんち) @minchi

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