最終話 火を焚きつけられて。

 深夜三時。峰子は缶ビールを飲みながら久しぶりに煙草を吸っていた。

 しばらく喫煙なんかしてなかったけど、どうしてか吸いたくなった。


「なんか、頭痛いな」


 ここベランダだったのだが、そこに林華が現れる。


「ごめん。寝ちゃってたよね」

「うん」

「大勢君いないけど、なんかあったの?」

「ん? いや別に……っていうか、女ふたり寝るところに男ひとりいたら彼も気まずいでしょ」

「……そうだよね」

「だから別になにかあったわけではないよ」


 そう言って笑みを見せる峰子。表情が曇ってないか、少し怖いがそれでも無表情よりかはましだろうと思っての行為だった。彼女は目元をきゅっと細めて、「私、彼のこと好きなんです」となぜか宣言してきた。

 なぜか、か。本当は判っている。女のこの行動はマーキングのような意味を成す。私が彼のことを狙っているんだから、手を出したら分かっているよな、と。

 峰子は林子から目を逸らして煙草を吸った。少々苛立っていた。


「そうなの。分かったわ」

「じゃあ帰るんで」


 彼女はトートバッグを手に持って、この家を出た。

 ふと夜空を見上げたら満月が峰子を見下ろしていた。そんな月に、そっと語り掛ける。


「ねえ、あんたはどうしたらいいと思う?」


 もう、分からないのよ。この歳で恋愛とかとは本当に無縁でさ。

 ……そう言えば、彼は自分のVLOGのことを知っていたのだろうか。

 ――俺じゃあ駄目ですか。


「駄目なわけないじゃない……」


 一緒にラーメンを食べたときに見せてくれた、優しい微笑み。そんな柔和な雰囲気でしかも真面目な一面もある。

 そうか、自分は彼に恋をしていたんだ。

 


 この熱が冷めないうちに、峰子はある動画制作に取り掛かった。

 VLOGとは本来日常の風景や習慣を収めたものだ。

 休日の日曜日。青峰に手伝ってもらってショッピングやファミレスでの食事の様子を映像に撮ってもらった。

「これ何に使うの?」

「いいから。あっ、最後に大勢君を呼んでいるから。そこで私——」


 夜の七時。周囲はすっかり暗くなった。そこで大勢を噴水の前の公園に呼び出した。

 彼は一見すると緊張した面持ちで、こちらに歩み寄ってきた。


「どうしたんすか」

 峰子たちが向かい合っているのを遠方から青峰に隠し撮りさせている。

「私、あなたのことを拒絶したような態度を取ってしまったことをまず謝らせてほしい」

「はい」

「そこで、その……」

 峰子は恥じらいながら、でも意を決して言った。


「恋愛経験とか私少ないし、イケメンなあなたには不釣り合いだけど、でも——」


 そしたら大勢がぎゅっと抱きしめてきた。耳元に囁いてくる。「こういうことですよね」峰子は彼の胸に顔をうずめて、「ずるい。全部分かってたんだ」と言った。

「あんたら、えっ、そういう仲だったの」


 青峰がスマホ片手に木陰から飛び出してきた。


「盗撮はやめてくださいよ」

「いや、峰子に頼まれたから」

「そうなんすか」


 峰子は、うん、と答えた。すると彼は目を丸くして、「あとでお仕置きしてあげますね」とか言い出すもんだから、峰子は興奮した。


 あっ、二回目だけど決してマゾではないからね。


 こうして、この動画をVLOGとして丁寧に編集して、ユーチューブに投稿した。


 再生数はあまり伸びなかったが、コメント欄では「羨ましいOLだ」と言い連ねられていた。

 そして翌日。受付嬢である林華のもとへと社員証を見せた。

 彼女、怒っているかな、と思っていたがそうではなかった。


「やっと告白する気になったんですね」

「ん?」


「実は大勢君と結託して峰子ちゃんと結ばせようとしていたんですよ。でもここまで手中に嵌っているのを見るに、最初から意識してましたね? 彼のことを」


 それが今を思えば図星で、少し恥ずかしくもなってしまう。


「全く。火を焚きつけられないと告白できないなんて、変なアラサーですね」


「そりゃあ、炎上VLOGを作り出しちゃうような女なんだもん」


 そんな峰子の言葉に、林華は「まさしくその通りですね」と笑った。



                                  END








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アル中OL、飲酒動画のVLOGを上げて無事炎上。 柊准(ひいらぎ じゅん) @ootaki0615

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