第43夜 暴かれた過去
耕平の声が、静寂の中でやけに響いた気がした。
「なっ!? どーゆーことだよ!」
「落ち着け、哉彦」
それはあまりにも唐突だった。おもわず腰を浮かせた哉彦をなだめる龍三は、あらかじめ予想していたとおりの結論に顔をしかめる。対して聖は、眉ひとつ動かさずにじっと正面を見据えていた。
それぞれの反応を、徹也はただ黙って見ている。
「まず紅夜叉についてですが、基本的にはみなさんご承知のとおりです。名前は『山科佑介』」
「山科……? それって……!」
「巴と同じ名字か……」哉彦と龍三の言葉に、耕平は短く相づちを打つ。
「山科佑介は、山科巴の実兄です」
「じゃあ……!」
「ですが、山科佑介なる人物は、十一年ほど前に亡くなっています」
哉彦の表情が一瞬の希望を見いだすも、それはすぐに続いた事実によって簡単に地へと落とされてしまった。とたんに唇を震わせる哉彦を横目に、耕平は淡々と調査報告を続けることに専念する。
「次に、山科巴の生い立ちについて。彼女は、この町の生まれではありません」
耕平は、懐から小さな手帳を取り出す。それにはびっしりと、今回の調査で知り得た情報の詳細が記されていた。
「出身は東山間部の農村集落。家族構成は両親と兄が一人、山科巴は末の娘でした。父親は没落武士の家系で、生活はけっして裕福なものではなかったようです」
そこは、
「農業のかたわら、父親は敷地内の道場で剣術指南をおこなっていたようです。これについては、彼女自身がそう言っていたみたいですね」
同意を求めるように、耕平は聖に視線を送る。聖は表情を変えずに小さくうなづいた。
「ですが、十一年前のある晩、一家は強盗の被害に遭いました」
それは雨風の強い嵐の晩のことだった。山科家の惨事が発見されたのは翌朝のことである。
強風に煽られた田畑や敷地の片づけに現れない家主を不審に思った近所の人間が、彼の家を訪ねたのがきっかけだった。玄関は固く閉ざされ、声をかけても返事はおろか物音ひとつしない。
裏手に回れば、閉めきられていたはずの雨戸が中途半端にひらかれていた。開け放たれたそこから吹きこんだ雨が、掃き出し窓のふちからポタポタ……、としたたり落ちていた。透明なはずのしずくに混じって、赤いものが地面に流れ落ちていた。
おもわず駆けつけた隣人は、凄惨な現場を目撃することとなる。
一番に目に飛びこんできたのは、縁側に倒れている家主だった。彼はうつ伏せの状態で、濁った血の海に沈んでいた。障子には彼のものとおぼしき血飛沫が染みついている。
家族が寝ていたであろう奥の部屋には父の刀を手にした長男が、そうしてその隣の部屋には娘を下敷きにして母親が息絶えていた。
室内は土足で踏み荒らされ、家中の押し入れや
「幸い一命を取り留めた彼女は、いったんは三つ隣の集落に住む母方の親戚に引き取られますが、すぐに人買いに売られたようです。その後の消息はつかめませんでした」
巴の命はなんとか助かった。背中に刀傷を負いはしたものの、傷口は浅く致命傷にならずに済んだ。それに加えて、母親の下敷きになっていたのが功を奏したらしい。母の重みで自然と傷口が圧迫され、血液が外に流れ出るのを防いだのである。
しかし彼女を遺して、家族は誰一人として助からなかった。
聞くに巴を引き取った親戚も、進んで名乗りを上げたわけではなかったようである。やはり食いぶちが一人増えるというのは、貧しい農村に住む親戚一家にとって大きな痛手となる。強盗に遭ったため家に金目のものは残っておらず、親戚はなかば周囲に押しつけられるようにして、しぶしぶ彼女を引き取ったと聞く。
山科家にくらべて裕福とは言えない親戚一家にとって、巴の存在は家計をおびやかす足手まといでしかなかった。引き取られて三日もしないうちに、彼女は小判の入った麻袋と引き換えにされたのである。
その後、彼女がどこに売られてなにをしていたのかは、有力な情報は出てこなかった。
「そして近年、忠軍の台頭とともに笠置一派の動きが活発になるのと同時に、紅夜叉の存在があきらかとなりました。そして時を同じくして、消息不明だった山科巴がこの町に現れたのです。ここから先は、みなさんもご存知のとおりです」
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