第37夜 烏合の衆
◇◇◇◇◇
いくつかの行灯の薄明かりに影を揺らして、男たちは白熱した議論を交わしていた。輪の中心で饒舌に持論を展開させる男―八田
彼の周囲を固める過激派の連中も、はじめのうちこそは声をひそめていたものの、今となっては外に漏れ聞こえているのではないかと思うほどに声を荒らげる瞬間が増えていた。これではわざわざ直前に場所を変えてまで、隠れて会合をしている意味がない。
用意された部屋は当初予定されていた場所の半分ほどしかなく、せまい室内に二十人ほどの男たちがひしめいていた。
「あいつらをいつまでものさばらしていいんか!?」
「こうなりゃ、全面戦争しかあるめぇよ!!」
過激派の連中が、声をそろえて息巻いた。彼らはやはり、どうあっても戦に持ちこみたいらしい。なにかと理由をつけては、最終的には帝府本陣への強行突破をも辞さない考えだ。
一方、過激派ほど武力衝突を望まない穏健派や、机上の交渉のみでの解決を望む保守派の者は、ただ黙って過激派の振るう熱弁を傍観していた。異を唱えようにも、彼らの勢いに押し負けてしまっているのが現状である。発言の隙もない。
だがやはり過激派の独壇場と化したこの場の雰囲気がおもしろくないらしく、仲間内だけでこそこそとやり取りする姿が見受けられる。
「……」
部屋の片隅で、恭介は同胞たちの様子を冷めたまなざしで眺めていた。なんの策も結論も見いだせない議論に、いったいなんの意味があるのだろうか。恭介はあきれたように、小さくため息をついた。
「……笠置さん」
恭介の隣、雨戸の閉めきられた窓のそばで、巴こと佑介がささやく。顔を隠すように笠を目深にかぶった夜叉は、スッ、と視線だけで恭介に合図を送る。
夜中の暗い往来が、にわかに人の気配で騒がしい。
承知したと言いたげに小さくうなづいた恭介は、目の前の血気盛んな集団を鋭くにらみつけた。
「てめぇら、明かりを消せ」
「ぁあ?」
恭介の言葉に、室内の目がいっせいに彼を見た。
「笠置よぉ、おめぇ、何様のつもりだぁ?」
異様な盛り上がりを見せていた過激派の連中が口々に反発する中、その筆頭ともいうべき八田が立ち上がる。恭介の態度が気に入らないとでも言うように、彼は腰の刀に手を添えて吐き捨てた。
「わからねぇのかい?」
「なにぃ?」
「俺たちゃすでに、袋の鼠だ」
恭介の鋭いまなざしと有無を言わせぬ声色に、室内が静寂に包まれる。
次の瞬間、階下からけたたましい音が響いた。
「輝真組である! 帝府総統の名において、詮議のため宿内を改めさせていただく! 手向かいすれば容赦なく斬り捨てる! かかれ!!」
建物中に響き渡った重低音に、周囲は瞬く間に騒然とした。勢いよく開け放たれたであろう玄関から、なだれこむように隊士たちが突入してくる。階段を駆け上がる複数の足音が、木造の建物全体を揺らしていた。
「笠置さん、先に行きます」
「あぁ、任せる」
落ち着いた様子で笠をかぶる恭介は、顔を隠すように首に巻いた襟巻きを鼻先まで引き上げる。
一方でほかの連中は、刀に手をかけ襖をにらみつけていた。まさかここで殺りあうつもりなのだろうか。こんなにも人が密集したせまい室内で、乱戦は必至。思うように刀が振るえるはずもない。
――捕まえてくれと言ってるようなもんだな。
佑介は無謀な賭けに出た男たちを一瞥すると、すぐそばの雨戸を開け放つ。そのまま真下に突き出る階下の軒に躍り出た。
「上だ! 上にいるぞ!」
宿の正面を固めていた隊士たちが叫ぶ。
佑介は屋根づたいに駆けだすと、軽やかに地面へと飛び下りた。着地と同時に上体を前のめりに、抜刀の構えを取る。
鋭いまなざしで相対して牽制すれば、刀の切っ先を夜叉へと向けたまま、隊士たちの足がじり、じり、と地面をこする。
「ここから先は、行かせるわけにはいかないんだ」
夜叉が小さくつぶやいた。
その直後、あとを追ってきていた恭介が、夜叉の背後に着地する。そのまま彼は振り返ることなく背を向けて走りだした。
その姿が闇にまぎれていくのを背中で感じながら、夜叉が不敵に口角を上げる。
「あの人は、おれたちの大事な大将なんでね」
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