第29夜 大輪の花

「「「たーまやぁぁああぁぁぁ!!」」」


 夜空に大輪の花が咲く。遅れてやってきた轟きに、空気が震えた。同時に、隣の部屋や道場の屋根の上から隊士たちの威勢のいいかけ声がこだまする。


「きれい……」


 立てつづけに打ち上がった花火が、夜の町を明るく照らしだしていた。色とりどりの色彩が、実は大量の火薬玉で作られているというのだから不思議なものである。


「巴ちゃーん! しっかり飲んでる?」

「はいはい、飲んでますって」


 巴の左隣を陣取った龍三の奥から、ひょっこりと耕平が顔を出す。その表情が少し赤みを帯びているように見えるのは、花火のせいだけではないだろう。

 盃を持つ反対の腕には、封の切られた一升瓶が大事そうにかかえられている。ときどき両脇にいる哉彦や龍三の盃に日本酒を注ぎながら、耕平はゆるみきった目尻をさらにゆるめて終始笑みを浮かべていた。


「巴、苦手なら無理すんな。貸せ」


 巴の目の前に置かれた盃の中身が減っていないことに気がついたらしい龍三が、小声でそう言って手のひらを上に向けた。その意味を察して彼に盃を差し出せば、龍三はためらうことなく一気に盃をあおる。


「あー! なんで龍兄が飲んじゃうのさ!」

「うるせーよ」

「こーへー、おかわりー」

「哉彦はあとで!」

「酔っぱらいばかりでごめんね、巴ちゃん」


 騒ぐ三馬鹿をよそに、聖は巴の右隣で小首を傾けた。その手には小ぶりなりんご飴が握られている。あらかじめ彼が甘味屋で調達してきたらしい菓子は、巴と聖の前にずらりと並べられていた。


「遠慮しないで食べてね。この水羊羹、夏の限定なんだって」

「聖くんは飲んでるよね!?」


 再び顔を覗かせた耕平は、今度は聖に的を変えたらしい。首を伸ばして酒の減り具合を確認しようとする耕平に、聖はやれやれと大げさに肩をすくめてみせた。


「壱番隊は宿直当番なんですー。そもそも僕、お酒あんまり好きじゃないし」


 そう返せば、とたんに耕平の口から不満の声が上がった。


「もー、巴ちゃん、つまんない聖くんなんかほっといてこっちおいでー」

「ちょっと、僕の巴ちゃんにあんまり絡まないでくれる?」

「いつ巴が聖のものになったんだよ!」


 割り込んできた哉彦の声に、聖は目を細めて口角を上げた。意味ありげに伸ばした人差し指を唇に当て、にっこりと微笑んでこてんと小首をかしげる。


「ん~? な・い・しょ」

「「はぁ!?」」

「聖くん! 適当なこと言わないでください」

「「「ひ、聖くぅううぅん!?」」」


 誤解を招くような言い方はよくないと言おうとすれば、一気に場のどよめきが大きくなった。左側に居並ぶ全員が、もれなく巴のほうを向いている。徹也と組長ですら、手を止めて何事かとこちらを覗きこんでいた。


「え? え?」


 なにかおかしなことでも言っただろうかとキョロキョロとしていれば、おもむろに龍三の手がぽんっ、と肩に置かれた。


「巴、悪いことは言わねぇ」

「聖くんだけはやめたほうがいいよ!?」

「こんなのが相手だと苦労するぜ!?」

「ちょっとちょっとー、みんなして失礼じゃない?」


 それぞれが好き勝手にそうのたまうのを、巴は苦笑いを浮かべてやりすごす。どうやら聖のことを名字ではなく名前で呼んだことが発端らしい。どうもこうも聖がそうしろと言ったからなのだが、彼はそれを明かすつもりはないようである。


「聖だけずりぃじゃん! おれも巴に名前で呼ばれたい!」

「いつまでも他人行儀だとは思ってたんだよな」

「これを機にボクらのことも名前で呼んでよ、巴ちゃん」


 口をはさむ間もない応酬に、巴はとりあえず乾いた笑いをこぼすしかなかった。これはみなの要求を飲む以外に、場を納める方法はなさそうである。


「ったく、少しは静かにできねぇもんかね」

「ほっほっほっ、元気でよろしい」

「元気っつー問題じゃねぇだろ……」


 茶をすするがごとく酒をあおる組長の隣で、徹也は風情もへったくれもないとばかりに、にぎやかすぎる夜にあきれ顔でため息をついた。



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