第21夜 白昼の雷

「おつかれさま。ちょっと休憩しない?」

「今日の洗濯当番は、壱番隊のはずなんですけど? 隊長さんはこんなところでなにしてるんでしょうね?」


 腰に手をあてて問い詰めれば、聖は悪びれるそぶりもなく「気にしない。気にしなーい」と笑っていた。そんな彼のそばに用意されたふたつの湯呑み。内番をさぼっていたはずなのに、聖は休憩する気満々である。

 巴は仕方ないとため息をこぼしながらも襷掛けをほどくと、素直に彼の隣に腰を落ち着けた。


「それよりさ、はいこれ。巴ちゃんにお土産」


 そう言って彼は、手提げ袋の中身をごそごそと漁りはじめた。手のひらに乗るほどの小ぶりな竹かごを、ひとつずつ袋から取り出しては二人の間に並べていく。


「わぁ、かわいい……!」


 小さな竹かごに収まっていたのは、見た目の華やかなかわいらしい練りきり菓子だった。淡い色彩と繊細な造形に、自然と胸が踊る。ほかにも栗饅頭や金平糖など、茶請けによさそうな甘味菓子が並んでいる。


「本当にいただいていいんですか? 綾部さん」

「『聖』」

「へ?」

「『綾部さん』なんて、なんか他人行儀じゃない? だから名前で呼んでよ。あと敬語も禁止ね。そしたらこれ、食べてもいいよ?」


 急になにを言いだすかと思えば、目の前の彼は意地悪そうに口角を上げていた。こんなにもおいしそうな土産を見せびらかしておいて、卑怯である。拒否する理由がないではないか。


「う……、あ……、ひ、ひじり、くん?」

「『くん』もいらないんだけど。まぁいいや、好きなのどうぞ」

「えへへ、いただきます」


 合掌してから、巴は梅の花をかたどった練りきり菓子に手を伸ばす。ひと口かじれば、甘い白餡の風味が口いっぱいに広がった。濃いめに淹れてもらった緑茶の苦味がちょうどいい。


「ふふっ、巴ちゃんもぜったい甘味好きだと思ったんだよね」

「あや……っと、聖くん、甘いもの好きなんです?」

「好きだよ。だけどここの人たちは、みんな付き合ってくれないんだよねー」


 そう言って彼は、唇をとがらせて頬をふくらませていた。たしかに、輝真組にはあまり彼の趣味に付き合ってくれる者も少ないだろう。彼らはどちらかというと、甘味より酒のほうがよろこびそうだ。


「よかったらさ、今度甘味屋めぐりに付き合ってくれない? おすすめの店があるんだ」

「はい、ぜひ!」


 目を輝かせながら甘い菓子に舌鼓を打つ巴の表情を眺めながら、聖は満足そうに目を細めた。


 心地よいそよ風を頬に受け、陽光に揺れる洗濯物を眺めながらのんびりと茶をすする。すると、どたばたと廊下を駆ける騒がしい足音とともに、聞き慣れた声が近づいてきた。


「耕平! 待てよ!」

「だから! ボクは知らないってー」


 理由は検討もつかないが、逃げる耕平を哉彦が追いかけまわしているらしい。

 踏石に脱ぎ捨てられた誰かの草履をひっかけて、ひょいっと道場の広縁から庭先に躍り出た耕平を追って、哉彦も彼のあとを追う。やいやいとはやし立てる洗濯中の隊士たちに手を振るあたり、耕平はずいぶんと余裕そうだ。


 しかし次の瞬間、カラン……、と音を奏でたなにかによって、騒がしかった庭はとたんに静寂に包まれた。その場にいた全員が、音のしたほうへと視線を遣る。

 そこには干されたばかりの洗濯物を巻き添えにして、物干し竿が地面に転がっていた。


「「……」」


 一瞬お互いの顔を見合わせた哉彦と耕平は、次いでおそるおそる広縁へと視線を移す。眉根を寄せた巴が、薄目を開けて二人を見ていた。


「「あ、やべ」」

「こらあぁああぁぁぁ!!」

「うわぁ、ごめんって巴!」

「巴ちゃん! 悪いのは哉彦! 哉彦だから!」

「はぁ!? 裏切んなよ! 耕平!」

「うるさい! 二人とも同罪です! 引っ捕らえて!」

「「「はい!!」」」


 巴の指示に、壱番隊隊士たちはすばやい連携を見せる。せっかくきれいに洗い上げた洗濯物を台無しにされたのだ。隊長格だからとて容赦はない。二人には洗濯のやりなおしという制裁を与えねばなるまい。

 いつの間にか稽古中の弐番隊からの声援も受け、壱番隊隊士たちは逃げ惑う哉彦と耕平を挟み撃ちで追い込む。首根っこを捕まれて巴の前に突き出された二人に、聖は腹をかかえてケタケタと笑い声を上げていた。


「ほっほっほっ、巴さんが来てからというもの、詰所が明るくなったのぉ」

「やかましくなっただけだろ……」


 彼らのやり取りを微笑ましく眺めていた組長が、のんびりとそう言った。なんの騒ぎかと様子を見に来た徹也が、庭先で繰り広げられる光景に盛大にため息をこぼしたのは言うまでもない。



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