第16夜 飛んで火に入る
◇◇◇◇◇
「ぜってぇだめだ!」
「とは言わせませんよ」
「ぬうっ!?」
神田屋へ到着早々、待ってましたとばかりに恭介に詰め寄られた。はなから報告するつもりでいたのだが、恭介のあまりの勢いに口をはさむ隙もない。見かねた創二郎のひと言でようやく恭介をおとなしくさせたところで、巴、もとい佑介は、今朝のできごとをふり返る。
珍しく朝から葵家を訪れた徹也と聖の用件は、端的に言えば輝真組詰所への家事手伝いの依頼だった。女中たちが不在の間、つまり明日から三日間ほど、詰所に泊まりこみで手伝いに来てほしいとのことである。なんだかんだ言っても、やはり男だけでは心許ないらしい。
特に炊事に関しては、きちんとした料理の経験がある隊士は数えるほどしかおらず、まともに食べられるものが出てくるのかさえ定かではない。腹を壊すのだけは避けたい。せめて食事の用意だけでもと、聖が必死になる理由もわからなくもない。
たしかに日々の食事は重要である。腹を満たせればそれでいいというものでもない。おいしいか否かによっては、その日のやる気にも関わる重要事項だ。
まだ彼らに是か否か返答はしていない。勝手に判断していい話ではないだろう。事と次第によっては、自分たちの立場を危うくする可能性もある。そうなってしまっては、今後の活動に影響が出るかもしれない。
しかしながら、佑介の懸念をよそに案の定創二郎は即決で許可を出した。
「断る理由がありませんね。堂々と相手の懐にもぐりこむ、いい機会です」
「おれもそう思います。断れば、逆に怪しまれるかもしれない」
創二郎の言葉に、佑介も大きくうなづいて賛同した。
想定外の事故とはいえ輝真組とのつながりを得はしたものの、彼らと接触するのはもっぱら葵家である。仮にも巴は仕事中のため長々と話しこむわけにもいかず、かといって用もないのに頻繁に詰所に出入りすることもできない。なにかしら有益な情報を引き出せればとは思っているが、現状ではそれもなかなか困難な状況だった。
しかし今回は、輝真組からの正式な依頼である。堂々と探りを入れられる機会がめぐってきたのだ。これを生かさない手はない。
「反対してるのは俺だけなのか!? なんでだ!!」
「なんでって言われましても」
「八木さんの決定に逆らえたことがないだろ」
「ぬうぅううぅ!」
一方で、恭介は潜入に反対だった。三日間とはいえ敵地に身を置くことになるのだ。接触が増えれば情報を探る機会に恵まれるかもしれないが、そのぶんこちらの正体に気づかれる危険性も高くなる。万が一のことを考えると、恭介には諸手を振って「行ってこい」とは言えなかった。
だが朱里の言うように、彼が創二郎に口で勝てたことはない。
「男はみんな狼なんだぞ!? 野獣どもの巣窟に三日間も巴を行かせるなんて、俺にはできん!!」
長々と創二郎に説得されながらも、恭介は嫌だ駄目だと駄々をこねていた。どう足掻いても創二郎の主張がくつがえることはないことに、そろそろ気がついてもいいころである。
「僕らもみんな、男なんですけどねぇ」
「ここも狼の巣窟だな」
「山科さん、食べられちゃいますね」
「ははっ……、お断りだよ」
笠置一派も表向きは男ばかりだ。あっちもこっちも状況的には大差ない。狼の数が多いか少ないかだけである。
恭介と創二郎の毎度同じようなやりとりに、進之助は困ったような笑みを浮かべて彼らの攻防を眺めていた。
「どっちが勝つと思います?」
「「八木さん」」
「それじゃ賭けにならないじゃないですか」
見事に声をそろえた朱里と佑介に、進之助も苦笑するしかなかった。事あるごとにこうして暇つぶしと称した賭けを持ちかけているが、それが成立したためしは一度もない。たまには誰か恭介の味方になってやればいいと思うのだが、自分がそれをしないあたり二人も同じ考えなのだろう。
「終わったみたいだぞ」
「あ、ほんとだ」
涼しい顔で扇子を揺らす創二郎の足元で、ぐうの音も出ないほどに言い負かされた恭介が畳の上に這いつくばっていた。助けを求めるように恭介がこちらを見ていたが、三人ともそっと目をそらすことにした。
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