4.あなたは他人を尊重できるんだね

「常広を消したと言ったな。どういう意味だ」

「あら、なーすけくんにしては物分かりが悪いね。今日、君と私以外常広君について言及していないことには気付いてる?」


 つまり、存在ごと消滅したと言いたいらしい。


「根拠が薄いな。常広の話題が出ないのはいつものことだから気付くもクソもないんだよ。それにこんな欠陥だらけな空間しか作れない大瀬良に、あいつの存在を消してかつ僕の記憶からは消さないなんて芸当ができるとは思えない」

「確かにこの能力を使えるようになってから日は浅い。だけど決めつけはよくないね。私は嘘が嫌いなのよ、心底」


 何も感じない。本当みたいだ。だったらもう――。


「分かった、もういい。僕の質問は以上だ」

「もういいの?」

「ああ、もう興味ないよ。……常広が居ないなら」

「ごめんなさい。そんな思いをさせるためにこうしたわけじゃないの。ただ君に……興味をもってほしくて」

「……」

「常広奈央は消した」


 どこからか湧いてきた、原因不明の嫌悪感。嘘だ。安心感も同時に覚えた脳は急激にクリアになる。


「あなたの気持ちは受けとれないよ。だけどな、大瀬良は自分の気持ちを押し付ける独りよがりなやつとは少し違う。だから、今度は普通に話そう」

「ありがとう。なーすけくん」


 その瞬間、白い空間が彼女に引き寄せられていき、また着地した感覚に陥る。気付けば、文芸部の部室に戻っていた。日の傾き方を見るに、そこまで時間は経っていないように感じる。


「最後に聞くけど、なんで嫌いなはずの嘘をついたんだ?」

「そ、それは、好きな人になら自分を曲げることぐらいできるからよ! もう、言わせないでよ。さっきだってずっと……緊張してたんだから」


 目は泳ぎ、顔が赤い。これが大瀬良の素なのか? もしかしたら、僕の文学性に惹かれた控えめな高校生っていう予想はあながち間違いじゃなかったのかもしれない。


「わ、悪い。また部室来るから」

「常広君なら校門の前いるから。ほら、窓から見える。君のこと待ってるよ」

「ほんとだ。どうし」

「いいから早く行ってあげて! もう」


 部室を飛び出して、また駆ける。さっき走った分スピードが出ないし、なぜだか精神も疲弊しているけど、とにかく今出せる全力で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クエーサー 山野誠 @mi117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画