第22話 おっさん、困惑する

 事件が起きる、少し前。目的のものを買って店を出たアルムは、小さな紙袋に入った粉物の焼き菓子を手にメディの隣を歩いていた。



「はふぁ……おいひぃ……」



 よほど食べたかったのか、すでに菓子へと口をつけていたメディは、頬が落ちそうなほどに表情を緩ませている。



「甘いもん好きなのか?」

「もひろ……んんっ、もちろんですよ!」



 つい温かい眼差しを向けてしまうようなその顔に問いかけると、想像通りの答えが返ってきて、



「アルムさんはどうなんですか?」



 そのまま、こちらが持つ菓子にまでちらっと目をつけてきた。



「言っとくけど、さすがにこれは渡さんぞ?」

「なっ!? わたし、そんなに食いしん坊じゃないです!」



 まさか、隙あらばもう一ついこうとしているのかと疑うも、これには怒りをあらわにしてくる。



「そっか、それは悪かったな」

「もう〜……」



 若干、牛になっているメディに謝りつつ、しばし軽食にありついていると、



「あの、お金は後でちゃんと払うので!」



 ふと、思い出したように喋りかけられる。



「いや、こんくらいはべつに構わんぞ?」



 もちろん、奢りのつもりだったのでそう返すが、



「いえいえ、貸し借りはしっかりしないとですから」



 そのあたりはメディも気にするところなのか。きっぱりと言い切られてしまう。



「なら、今後も店を贔屓するって方向にしてくれ。俺としてはそっちの方が嬉しいからな」

「うーん、アルムさんがそう言うなら、そうします」



 とはいえ、こうした貸し借りを後に持っていくのはあまり好きではない。


 ゆえに、貸しは別の形で返してもらえるように頼むと、メディも一応の納得を見せてくれた。



「ごちそうさまでした」

「おう、どういたしまして」



 そうこうしてお互いが食べ終わったところで、



「じゃあ甘いものも食ったところで、そろそろ本番といくか」



 ようやく、本来の目的へと戻ってくる。



「はい。自由に歩けばいいんですよね?」



 改めて確認してくるメディに、



「もちろん。ただし、帰りのことは忘れるなよ」



 こちらも、しっかりと念を押しておいた。



「分かりました。とりあえず、街の外にいる時と同じ感じで歩いてみます!」



 かくして、移動を始めた少女の後ろを付き添うようにアルムも続いていく。



 ──さて、どんなものか。



 この辺りは乱雑に建てられた建物が所狭しと並ぶ、入り組んだ場所だ。その隙間を通る道は細く、建物の高さもあって視界は通りにくい。


 迷宮とまではいかなくとも、初めてくる人間にとっては充分に分かりにくい地形をしていると言えた。


 つまり、方向音痴であるらしいメディにとっては中々に困難なはず。なにか対策は考えているのだろうか。



「ふんふふ〜ん」



 そう思って眺めていると、メディは鼻歌を奏で始めた。


 忙しなく顔を動かし、辺りを観察するその横顔はどうにも楽しそうで、彼女の好奇心がよく伝わってくる。


 本当に帰りのことを考えているのだろうか、と幸先が不安になるが、これ以上は言っても仕方がない。



「あ、見てください。こんなところに植物が生えてます」



 そんなメディはふと何かを見つけたのか。路肩へ駆け寄ると、しゃがみ込みながら声をかけてきた。



「その雑草がどうかしたのか?」



 一瞬、返事をするか躊躇うも、アドバイスでなければいいだろうと応じることに。


 見れば、石造りの隙間からニョキッと生える植物が映る。


 黄色の花弁を持つそれは、普段であれば目にも留めないような地味なものだったが、メディにとっては違ったらしい。



「ふっふっふっ、甘いですねアルムさん。調合術においてはどんな素材も可能性の塊なんです」



 ドヤッと口角を上げながら得意げに語り出す。



「こういう目立たない植物からこそ、すごいお薬ができるかもですよ?」

「へぇ、そういうもんなのか」



 調合術に詳しい彼女が言うならそうなのだろう。素直に相槌を打ちつつ、小瓶の中に採取する姿を見届けた。



「ほら、あっちにも!」



 それからというもの。目に映るもの全部に反応するかのごとく、メディは駆け回り、



「わ、もう一つ目がいっぱいに」



 あっという間に小瓶の中が雑多なもので満たされていた。


 中には植物意外にも小さな虫やトカゲなどが入っており、



「その石もなんか役に立つのか?」



 つい気になって綺麗な丸石を指差せば、



「これは綺麗だったので拾いました!」



 特に意味はなかったようである。


 素材じゃないのかよ、とツッコミを入れそうになるも、それでこそ冒険者ではないかと気がつき、思いとどまることにした。


 一見、価値が無いように思えるものも、旅先で拾ってくれば宝になる。冒険とはそういうものだろうと、ひとり納得に至った。



「ふふ、こうしてみると、街の中も冒険しがいがありますね」



 メディも同じ気持ちなのか、楽しげに話しかけてくる。



「まあ、元をたどればダンゲオンも人の住んでた街だからな。人の意思が介在する場所ってのは、相応の趣きがあって当然なのかもしれん」



 気づけば、アルムも冒険者時代のような考えに浸ってしまい、

 


「あ、分かります。大昔にはわたしたちと同じように暮らしてた人がいるんだなって思うと、なんだかロマンがありますよね!」



 それに、メディが同意するように頷きを返してきた。



「うーん。でもそう考えると、人の住んでる街は勝手に入れない場所が多いのが残念ですね」



 ただ、もちろんのこと、ここは現役で人々が行き交う大都市だ。


 遺跡ほど自由に探索できないのは、冒険者としては面白くないところであろう。



「……うっかり人の家に入ったりとかはするなよ?」



 一応、彼女の好奇心を警戒して注意するも、



「入りませんよ! わたしをなんだと思ってるんですか!」



 本人はその危うさの自覚がないのか。心外だとばかり怒り始めてしまった。


 その可愛らしい怒りっぷりは、ついからかいたくなるような変わった魔性さを放っている。



「もう、次に行きますよ!」

「はは、悪い悪い」



 とはいえ、これ以上に機嫌を損ねるのはよろしくない。


 軽く反省をしたアルムは再び意識を切り替えると、彼女の動向を見守っていくのだった。






 それから、かれこれ一、二時間は経ったか。


 随分と高く昇った太陽を見上げたアルムは、細めた目をメディへと向けた。


 現在地は、下町の中でも奥まった箇所。人けも少ない寂れた一画で、アルムもなかなか来ないような場所である。


 ゴミで散らかった空き地に、壁面に蔦の這う、人が住んでるかも怪しい家。


 そんな荒廃した場所に一人、華やかな少女が立つという景色は、なんとも言えない風情を感じられたが、



 ──そろそろ戻るべきだな……。



 見惚れるよりも先にやってきたのは、指導者としての懸念だった。


 見たところ、太陽が真上に昇るまでの時間はそこまで長くない。


 寄り道せずにまっすぐ帰れれば問題はないだろうが、そう上手くいかないのが冒険というもの。


 特に、メディの場合は不安な点が多々あるため、声をかけるべきか悩むアルムだったが、



「──ふう、そろそろ戻りましょうか」



 ちょうど、というところで彼女が口を開いたことで杞憂に終わる。



「お、ちゃんと分かってたか」



 予想外の判断の良さに、感心したように返すと、



「ふっふっふっ、これは試験ですからね。わたしだって、まじめにやればこのくらいの判断はできます!」



 自慢と捉えていいのか微妙な発言が飛び出してきた。


 

 ──まあ、覚えてただけマシか。



 少なくとも、帰還の判断は生き残る確率に大きく関わる大事な要素だ。忘れていなかったのなら良しとしよう、とだいぶ甘めの判定を下してしまう。



「そうか、それは良か──」



 とりあえず、重要なのはここからだ。果たして、メディはちゃんと来た道を戻れるのかと、意識を現実へと戻したアルムは、



「──ん?」



 直後、想定外の事態に固まることとなった。


 というのも、先ほどまでその辺りにいたメディの姿が、こつ然と消え去っていたのだ。


 目を離していたのはほんの短時間のはず。そう遠くには行っていないだろうと周囲を見渡すも、それらしき人物は立っておらず、



 ──おいおい、嘘だろ……!?



 これにはアルムも焦らずにはいられない。


 まるで神隠しにでもあったかのような状況に、人さらいの可能性まで思い浮かべてしまう。


 とにかく、こうしてはいられないと、大まかに彼女が移動した方向を絞ろうとし、



「あ」



 ふと、視界の端に違和感を覚えてピタリと止まる。


 空き家だろうか。老朽化したそれを取り囲む石造りの塀の横で、何かが動くのを捉えたのだ。


 近づいてみれば、そこには明らかに目立つ青色がもぞもぞとうごめいていて、



「……なにやってんだ?」



 反応に困りつつ尋ねてみれば、



「あ、すみません、気になるものがこの奥に見えて!」



 壁から下半身だけを出したメディが、そんなことを言い出す。どうやら、持ち前の好奇心が悪い方向に発揮されていたらしい。



「ちょっと待ってください、もうちょっとで採れそうなんですっ……」



 呆れと安堵の混ざったため息をこぼしたアルムは、左右に揺れる少女の腰を生温かい目で見守ってやり、



「やった、採れました!」



 少しして、壁の向こうから喜びの声が聞こえてくると、



「おう、それは良かったな。じゃあ今度こそ帰るぞ」



 次なる災厄が訪れる前に、さっさと引き上げることを提案する。



「はい、もちろんで」



 が、嫌な予感というのはよく当たるもので。



「……あれ?」



 何かに気づいたいように呆けた声を漏らしたメディは、なぜか中々戻って来ず、



「ふぬっ……ぐむむっ……!!」



 足を突っ張り、腰を引いてはいたものの、一向にその上半身が見える気配はなかった。



「すみません、アルムさん」

「……おう、どうした?」



 やがて、メディの動きが急に止まると、アルムもまた全てを察した声で聞き返し、



「抜けなくなっちゃいました──」



 絶望する少女の声に、肩をガクリと落とすのだった。

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武器屋のおっさん、百合にはさまる 木門ロメ @kikadorome_13

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