第21話 おっさん、少女と出かける

 朝の少し冷えた空気の中。



「あの、特訓って具体的には何を?」



 さっそくとばかりに聞いてくるメディに、



「そうだな……とりあえず、メディの探索力ってやつを見せてもらおうか」



 アルムは少し考え、そう答えを返す。



「探索力?」



 聞き慣れない単語なのか、メディは小首をかしげ、



「簡単に言えば、未知の場所を歩く力ってとこだな。遺跡の探索をするなら必要だろ?」

「なるほど、でもどう調べるんですか? もしかして街の外に?」



 それに答えると、また別の疑問が彼女の口から出てきた。



「いや、その必要はないんじゃないか? ほら、周りを見てみろ」



 なので、わざとらしく周囲に目を向ければ、



「あ、もしかして……」

「ああ、メディには今からこの街を好きに歩き回ってもらう」



 彼女も気づいたのか、ハッとしたように口を開く。


 メディの特訓をしてやろうと思い立って、まっさきに思いついたのがこれだった。


 なにせこの辺りは、彼女にとってほとんど知らない場所だ。遺跡の代わりとしては役者不足だが、彼女の実力を測るのにはひとまず申し分ないだろう。



「好きに、ですか」

「気になった店で買い物をするだとか、綺麗な景色を探すだとか、まあ何かしらの目的を持って行動してくれればそれでいい」



 疑問の残っていそうなメディに解説を続け、



「ただし、昼前にはまたこの店に戻ってくること。それが最終目標だ」



 最後に、この訓練の終わりを話して締めくくった。



「なるほど、生きて帰れなかったら意味がないですもんね」

「そういうことだ」



 よく理解できたらしいメディの言葉に頷きを返すと、



「分かりました、任せてください! わたしがちゃんと冒険できるってところ、お見せします!」

「おう、頑張れよ」



 いざ、小冒険が始まることとなった。



「それじゃあ、どこに行きましょうか?」

「っ……」



 が、今までなんの話を聞いていたのか。


 さっそくとばかりに聞いてくるメディに、思わず転けそうになってしまうアルム。



「あのなぁ……実力を測るのが目的なのに、俺に聞いてどうするんだよ」

「ハッ!?」



 呆れながら改めて説明をしてやれば、メディは目を丸くし、



「それはそのっ、あれです! 先に情報収集をするのも大事ですから!?」



 顔を赤くしながら、反論を試みてきた。


 あからさまにいま考えましたといった様子だが、たしかにおかしな話でもない。



「まあ、まだ出発もしてないし、一理あるか」

「で、ですよね!」



 納得するように頷くと、ここぞとばかりにズイッと寄ってくるメディ。



「で、なにが聞きたいんだっけか?」



 仕方なしに、アルムは彼女の言い分に乗っかってやることに決めた。



「ええっと、じゃあ……美味しいお菓子が食べられるところ、とか?」



 すると、すぐに思いついたのがそれだったのだろう。メディは分かりやすい目的を口にする。



「それなら、このあいだ迷子になった時に世話になった婆さんがいただろ? あそこの菓子屋なら、手始めにちょうどいいんじゃないか?」



 ゆえに、こちらもよく知る店を例に上げてやるが、



「ま、迷子にはなってません……!」

「似たようなもんだろ。で、他に質問は?」



 少し引っかかったのか、丸い目をジトッと細めて睨まれてしまう。


 これに、アルムは目を逸らして無視すると、次の質問を求めた。



「…………」



 だが、やはりというべきか。思いつきの発言ゆえに、メディは頭を悩ませたまま黙りこくってしまう。



「無いなら無いでいいぞ」

「……はい、出発しましょう!」



 なので、助け舟を出してやれば、ものの見事に乗っかってくる。


 いきなりこの調子からスタートとは。幸先が不安になるものの、そこも含めての評価だ。


 少しでも彼女の成長に繋がればいいだろうと、すでに歩き始めているその後ろをついていった。



「…………」



 それから少し、二人して黙々と歩いていると、



「……今、通り過ぎたぞ」

「え!?」



 あまりに自然に目的地をスルーしたので、無意識に声をかけてしまう。


 今は彼女の実力を確かめるための時間だというのに、何をやっているのか。他人のことは言えないな、とつい助言してしまったことを反省する。



「すみませんっ、ちゃんと覚えてなかったです」

「まあ、ここに来たのも結構前だからな、仕方ない」



 まあそもそも、彼女からすれば一週間以上前に一度来たことがある、といった程度の場所だ。


 記憶だけを頼りにここまで近づけたのなら、方向音痴にしては充分すぎるだろう。ゆえに、いまの助言くらいは必要なことだったと納得しておくことにした。



「そういえばこんな感じでしたね」



 しかもこの店、外観は普通の民家と大して変わらないうえに、看板まで分かりづらくなっているのだから尚更だ。



「こんにちはー?」



 メディは若干、不安になったのか。確認するように挨拶をしながら扉をくぐっていく。


 さすがに付いていく必要はないだろうと、外で待つことにしたアルムだったが、



「…………」

「ん? どうした?」



 少しして、彼女は入った時と同じ姿のまま店を出てくる。何も買わなかったのか、と意外に思っていると、



「お財布、寮に忘れて来ちゃいました……」



 その碧の瞳を潤ませながら、呆れるような理由を口にしてみせた。



「お前は何をしに俺の店に来てたんだ……」

「だ、だって、喧嘩をしてそのまま出てきたから!」



 頭を抱えるアルムに、必死に弁明を試みるメディ。



「とりあえず、抜けているところがあるのは減点対象だな」

「そんなぁ〜」



 もちろん、見過ごすわけにもいかず、冒険者としての評価はしっかり下げておく。



「とりあえず、ないものは仕方ない。金を使わないで済むところに──」



 こうなった以上、もうここに用事はない。探索の続きを促そうと声をかけるが、



「な、なんだ?」



 メディはなぜか、無言でこちらを見つめてくる。



「買わないんですか、お菓子」



 そして、少し唇を尖らせながら呟き始めるので、



「いや、俺はべつに」



 本心そのままに返すも、



「すごく、いい匂いでした」



 続けて、聞いてもいない情報を教えてくれた。


 ここまでくれば、嫌でも彼女の言いたいことが分かろうというもので。



「あのだな。これ、いちおう試験みたいなもんで」



 それでも、試験官としての矜持を果たそうとするが、



「甘いもの食べたら、もう少し上手くやれると思うんです」



 彼女の押しの強さは流石のようだった。



「はぁ、分かったよ。食べたら力が出るんだな?」

「はい!」



 歳下の少女からここまで願われれば、もはや断れるはずもなく。


 嬉しそうに笑うメディを前に、思った以上に自分はチョロいのかもしれないと反省させられるばかりである。



 ──まあ、まだ始まったばかりだ。



 実力が分かるのはあくまでここから先──そう考え、ここまでのことは大目に見るべきだろう。


 メディに呼ばれるまま店の中へと入っていったアルムは、彼女への期待を込めて望むものを買い与え──






 そんな、身銭を切った投資がむなしくも散ると知ったのは、しばらく後のことだった。



「──で、甘いもの食べたらなんだったっけか?」



 ジトッと責めるように本人が放った言葉を投げ返せば、



「すみません……」



 メディは、沈んだ声で返してくる。



「いや、まあ、失敗は悪いことじゃない。次に繋げられれば、いくらでも取り返せるからな」



 が、諸事情でその表情を窺うことはできない。しかたなく、アルムは壁に向かって喋りかけ、



「ただ、その……なんだ。失敗にも限度というか、想定できない範囲のものもあってだな」



 言っていいものかどうか。葛藤しながら、なんとか言葉を絞り出そうとした結果、



「つまり、あれだ。ええっと──」



 一つの答えにたどり着く。


 それは、単純にして明快、現状を分かりやすく表現した言葉で、



「──なんでそうなるの??」



 壁から生えた、青色のスカートと女の子の脚──つまり、かつてメディであったものの尻に対する、特大級の疑問なのであった。

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