第20話 おっさん、喧嘩話を聞く

 今日も今日とて、暇を持て余す独りの朝。



「どうしたもんかなー、これ」



 開店して間もなく、アルムは手に持った短剣を眺めながら、ぼそりとこぼした。


 よくできたそれは、知り合いの鍛冶師であるガブルフから受け取ったものである。


 つい数日前、冒険者にでも売り込みに行こうかと思っていたものの失敗に終わり、そのまま手もとに残ってしまっていたのだ。


 タダで譲ってもらった以上、なにもせずこの寂れた店に飾るというのは、製作者であるアンヴィにも申し訳ない。


 なにか手立てを考えるか、あるいはもう一度ギルドに向かうか。


 顎に手を当て、目を閉じながら思考に耽っていると、



「おじゃましまーす!」



 入り口の方から元気な声が聞こえてきた。


 いったん考えるのをやめ、瞼を上げれば、多少は見慣れた気がする白髪少女の姿が映った。



「おう、いらっしゃい」



 会うのはパロンの店以来か。相変わらず屈託のない笑みを浮かべる彼女──メディに、気楽な挨拶を返すアルムだったが、



「今日は何の用で──ん?」



 すぐに違和感を覚え、言葉を止めてしまう。



「あれ、今日は一人か?」



 というのも、いつも彼女の後ろにいた少女が姿を現さなかったのである。


 外で待機でもしてるのかと疑問に思って尋ねれば、



「はい、一人です」



 メディはきっぱりと言い切ってくる。



「へー、なんかいつも一緒にいるもんだと思ってたよ」



 そのことを意外に思う一方、よくよく考えてみれば当たり前のことではあった。


 冒険者がパーティーを組むのは、そもそもが仕事のためだ。用もない店に付き添うという者の方が珍しい。


 もちろん、仲のいい者同士で組んでる場合はあるが、連れ立ってまで行くのは賭場や酒場だとかがほとんどである。



「まあ、それはだいたい合ってるんですけど……」



 しかし、何事にも例外はあるらしい。


 実際、フラムとはいつも一緒にいるのか、メディはどこか思うところがあるように声を小さくしていた。



「まさか、喧嘩でもしたのか?」



 その拗ねたような仕草に、なんとなくそんな気がして聞いてみれば、



「ええっと、少しだけ……」



 どうやら図星だった様子で、おずおずと頷く。



「それはまた意外だな。ちなみに、原因とかは聞いてもいいのか?」



 ほんの数回会った程度ではあるが、端から見ても彼女たちの仲は良好に感じた。ゆえに、その経緯いきさつが気になると、



「それがですねアルムさん! 聞いてください!」

「お、おう……!」



 メディもまた、当時のことを思い出したのか。


 眉を吊り上げ、頬を膨らませたかと思うと、前のめりに顔を近づけてきた。


 その鬼気迫る──というほどでもない詰め寄りに、アルムはわずかに身を引きつつ、話を聞く体勢に入る。



「ついさっきの話なんですけど──」



 すると、そこから彼女は今朝のことを訥々とつとつと語り出していった。






 事件は、クーシィがグループメンバーのために用意した寮──【リリー】で起きた。


 朝起きたメディはまず、いつものようにフラムを起こしに部屋へと向かう。



「フラム〜、朝だよ起きて〜」



 もちろん、朝に弱い彼女は扉をノックした程度では起きない。しかたなく合鍵を使って中に入れば、そこにはくるまった布団からはみ出る黒髪が見えた。



「んん……もうすこし……」



 そこで、布団ごと身体をゆするも、当然のごとく目覚めず。その普段とは違う幼げな姿に許してしまいそうになるも、そうはいかない。


 なにせ、朝食のできる時間は決まっているのだ。


 冷めたご飯を食べるのも、フラムを置いて一人で食べるのも嫌な以上、彼女を起こす以外の選択肢はなかった。



「もう、早く起きないとごはん冷めちゃうよ?」



 そこで、柔らかいほっぺたをつつきながら注意するも、



「めでぃ、うるさい……」



 よほど眠たいのか、素っ気なくあしらわれてしまう。



「む」



 これに、カチンときたメディは強硬手段に出ることに決める。


 布団の隙間から覗く耳もとに口を寄せると、



「フラム……起きて……起きないと、いたずらしちゃうよ……?」

「っ〜〜!?」



 くすぐるように囁きかける。よく分からないが、普通に言うよりもこの方が効くので、なかなか起きない時にはよくお世話になる手法だった。



「しつ、こいぃっ……」

「あ、もうフラム〜!?」



 が、今回はかつてないほど寝覚めが悪かったようで。完全に布団の中に引きこもってしまったフラムに、悪戦苦闘することしばらく。



「──ねぇ、あれやめてくれる?」



 ようやく部屋から引きずり出すことに成功したメディは、食堂へと向かう途中、彼女からの抗議の視線を受けていた。



「起きないフラムが悪いもん」

「それは、そうだけど……」



 ただ、そもそもの原因はフラムの方にある。


 本人も自覚はあるのか、それ以上は反論してこなかった。



「ね、そろそろ今後の予定を話さない?」



 それから無事、温かい朝食にありつけたところで、ここ数日気にかけていたことを話題に振る。


 前回の大仕事のおかげでお金には困っていないが、それはそれとして現状維持も望ましくない。


 街の中でできることには限りがあり、好奇心旺盛なメディはすでに退屈しかけていた。



「んー、昨日も探したけど、面白そうな依頼はなかったかな」



 しかし、相棒であるフラムは選り好みが激しいところがあり、適当な依頼を受けてはくれない。



「じゃあさ、そろそろ例の遺跡に行こうよ!」



 そこで、メディは前々から温めていた話をもちかける。



「ああ、このあいだ言ってたあれ?」

「そう! ダンゲオン遺跡の奥に未調査の場所が見つかったって話!」



 つい最近、冒険者たちの間で話題になっている、人の手が入っていない未知の危険地帯。


 そこでなら、互いの目的を達成するだけのものがあるだろうと提案するメディだったが、



「……ダメ」



 フラムは少し考える仕草をしたあと、短く否定を口にした。



「えぇ!? なんでぇ!?」



 てっきり、了承してくれるだろうと踏んでいたメディは驚くが、



「割に合わないから」



 フラムはあっさりとそう言い放つ。



「調査依頼はほぼ完全に成果報酬で、危険性も不明。何も見つからなければもちろん働き損で、命を落とすリスクも高い」



 そのまま、いかに厳しい条件なのかを語っていき、



「これで受けるやつはバカだ──何人かに話を聞いてみたけど、おおむねこんな感じ」

「うっ……」



 それが客観的な意見を調べた結果だと、非の打ち所のない理論で締めくくった。


 これにはメディも思わず怯むが、



「悪いけど、メディの面倒を見ながらやれる自信はないかな」

「!!」



 続く言葉までは聞き逃せなかった。



「な、なにそれ!? わたしだってちゃんとした冒険者だよ!」



 まるでお荷物かのような発言に、つい食ってかかれば、



「そう? すぐ迷子になるし、警戒心は薄いし、その割に好奇心に任せて動き回るし……私からしても、まだまだ初心者って感じだけどね」

「ぐぬぬ……そ、そういうフラムだってっ──」



 言いたい放題に言われる始末。結果、我慢ならなかったメディは、感情のままに口論を始めてしまい──






「──で、一人になったついでに、素材を買い足しに来た、と」

「はい……」



 一通りの話を聞き終えたアルムは、その内容について真剣に考えていた。



 ──遺跡の探索か。



 それは、元冒険者としては心躍る文言である一方、多くの危険をはらむ行為でもあった。


 一瞬の油断、一度のミスが命に直結する、知らないことがほとんどの世界。


 もちろん、魔物の討伐にも相応のリスクはつきものだが、力の強さだけで解決できない分、必要とされる実力はより高いと言えよう。



「それにしても、よく一人でここまで来れたな」

「あ! アルムさんまでそういうこと言うんですね!?」



 ふと、気になったことを尋ねれば、メディはぷりぷりと怒り出す。



「わたしだって、何度も来た道くらい覚えてます!」

「お、おう、それは悪かったな」



 申し訳なく思いつつも、必要な質問なので仕方がない。



「じゃあ逆に、初めて行く場所だとどうなるんだ?」

「え」



 というのも、フラムの懸念には正しい部分もあったからだ。


 入り組んだ遺跡の奥で迷子になれば、死に直結する。これが駄目なら、探索など夢のまた夢である。



「興味があるとついそっちに行っちゃって、気づいたら道が分からなく……」



 そんな問いに、メディも自覚はあったのだろう。しゅん、としょぼくれるようにぼそりと答えた。



「なるほどな。だとしたら、やっぱりフラムのやつの言う通りかもしれん」

「うぅ……やっぱりそうなんでしょうか……」



 人生の先輩として、適当なことは言えない。落ち込むメディを前に、正しいことをしたと一人頷くアルムだったが、



「……ただ、まあ、挑戦しなきゃいつまで経っても成長できないってのも、また事実だ」



 やはり本心をごまかすこともできなかった。


 実のところ、アルムは元々そういった探索を主にしていた冒険者であった。ゆえに、冒険心をくすぐられる気持ちもよく分かってしまったのだ。



「へ……?」



 呆けた顔をするメディに、



「その遺跡、どうしても行きたいのか?」



 改めてその意志を確認すれば、



「は、はい、もちろんです!」



 こくりと、たしかな頷きが返ってくる。



「なら、仕方ない。一人で勝手に行かれたりしてもなんだし、死なないコツを教えてやるよ」

「あ、アルムさん……!」



 ただ、これには、夢を捨てたアルムの自己満足も混ざっていた。冒険したいという心を捨ててほしくないという、身勝手な願いが。


 パァッと表情が明るくなる純粋な少女を前に、わずかな罪悪感を覚えるも、今さら言葉は引っ込められない。



「というわけで、このあと暇だろ? さっそく準備といこうか」

「はい!」



 アルムは得意げに笑むと、少女を連れて店の外へと出るだった。

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