第4話
「お父さん、隣に乗せてくださってありがとうございます」
「幽霊なんて瞬間移動できるもんだろ」
「それが意外と無理なんです。人から見えていないだけで誰かを呪い殺したりすることはできないんですよね」
「怖いこと言うなよ。でも、じゃあ、どうやって穂乃花を守ろうとしてるんだ?」
「とにかく悪い人が近づいてきたら穂乃花さんにお知らせします」
「どういう風に?」
「怪しい人が近づいてきたら冷気を送るとか」
「何だその地味なサインは。気づかないだろ」
健治は口走ったとたん後悔した。もし竹中の言っていることが嘘で、今の言葉に起こって呪われたらどうしようと思った。でも竹中を見て、どう見ても嘘がつける人間には見えない。穂乃花も休職して実家にいるときに言っていたことを思い出す。
「冷蔵庫のプリンを我慢できなくて食べたことをすごく深刻な顔して謝るくらいには嘘がつけない真面目な人なんだよ」
きっと良い人柄なんだろう。もし生きたまま結婚の挨拶をしに来たのであれば、すぐに歓迎して酒でも酌み交わしたかったものだ。
「どんな地味なことでも穂乃果さんを守ってみせます。だから結婚を許してください」
「許せるわけないだろ。君は、亡くなってるんだよ。穂乃花もあの世に連れていく気か?」
「そんなことは絶対にしませんっ」竹中の気迫にハンドルが傾いて白線を踏んだ。
「自分が死んでることも、婚姻届けを出して正式に結婚することができないこともわかっているんです。でも、どうしても、どうしても、穂乃花さんと一緒にいたいんです」
やがてすすり泣きが聞こえてきて、信号で止まったときに竹中を見やると大粒の涙を流していた。健治も目の周りが熱くなってくる。
「竹中くんがもし生きて挨拶に来たら、俺は喜んで歓迎したかった」
「お父さん……」
「でもな、竹中くん、君が辛いんだぞ。もし穂乃花に新しい恋人ができたらどうする? 君は間近で見守ることになると、君の存在が穂乃花の中でだんだん小さくなっていくことを間近で感じるんだぞ。君はいい奴だ。俺は君にそんな思いをしてほしくない。だから成仏してほしいんだ」
「それでもかまいません。僕はそっと見守るだけで充分です」
「それにだ」健治は竹中の言葉を無視した。「穂乃花ももう新しい一歩を踏み出そうとしてるんだ。ひどい言い方かもしれないが、君の存在が手枷足枷になる。その穂乃花を見守るのは天からにしてくれないか」
信号は青になり、アクセルを踏み込んだ。竹中はすすり泣きを続けている。健治の頬にもいつの間にか熱い涙が伝っていた。
「わかりました」
竹中が一言呟いたあと、隣に温かい空気が纏ったように感じた。健治はただまっすぐに前だけを見て走り続けた。
書店の駐車場に車を停めたとき、隣を見ると、竹中の姿はなかった。健治は頬の涙を手で拭って車を降りた。
娘さんを僕にください 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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